最近読んだ本と、最近聞いたポッドキャストが、私の中の何かをくすぐって、インスピレーションが湧いたので、忘れんうちにアウトプット。
まず、本。
『冒険の書〜AI時代のアンラーニング〜』
これはポートランドに住んでる友達のはーちゃんが、「りさちゃん、これ絶対読んでみて」っておすすめしてくれた本。
私のポッドキャスト「ネクストプラネット」で、19歳のココちゃんをインタビューした回を聞いて、この本を思い出したらしい。
いろんな言葉が胸にぶっ刺さったんやけど、特に私の中で大きかったテーマが「学び」について。
私は毎日、大人と関わっていて、実はずっと「大人の学び」「大人の教育」にすごく興味がある。
学校教育に関わっているわけではないけど、企業研修という形で、私はずっと大人の“学び”に関わってきた。
その活動の中で現在関わっているのは大きく2種類。ひとつは、日本の大企業で、これから海外駐在やグローバル環境で活躍していく人向けの“グローバル人材育成‘”。
1〜2週間かけて、英語中心(英語8割、日本語2割くらい)で、日本人だけじゃなく東南アジアのメンバーも混ざりながら、リアルな問題解決や実践を通して学ぶ研修。
もうひとつは、シンガポール国内のグローバル企業向けに行う、リーダーシップ研修。
そんな中で、ポートランド在住の友人ノノのポッドキャストも、また私に大きな気づきをくれた。シュタイナー教育の専門家と、レッジョ・エミリア教育の専門家の対談。
そこで出てきた言葉が、
「学びはすべて関係性である」
という考え方。
例えば、
「ライオンは肉食動物です」という“事実”を教えるのは簡単。
でもそうじゃなくて、
「ライオンとネズミの関係性ってどう思う?」
「ライオンと自分の関係性は?」
「あなたにとってライオンってどんな存在?」
そんな問いを立てながら、みんなで探究していく。そのプロセスこそが教育なんだ、という話。
もう、これ聞いて、
「わーーー、なるほど!」って色んなことが私の内側で繋がった。
なぜなら、私が企業研修の中でずっと感じてきた違和感そのものだったから。
例えば企業研修では、
「グローバル人材とは、〇〇力があって、△△力があって…」
「リーダーシップとはこういうスキルです」
って、定義が最初からほぼほぼ決まっている
だから、
「この研修ではコミュニケーション力、問題解決能力、プレゼンスキルをつけてください」
というゴール設定になりやすい。もちろん、それ自体が悪いわけじゃない。
でも、私は長年やりながら、
“スキルを教える”だけでは、人は変わらない
ってすごく感じてきた。
だって、
「はい、これがコミュニケーションスキルです。身につけましょう」
って言われても、自分ごとにならない。
実際の人生では使えない。
だから私はずっと、
「あなたにとって、グローバル人材とは?」
「あなたにとって、リーダーシップとは?」
を問い続けるやり方をしてきた。
もちろん、ただ話すだけじゃない。
少しコンフォートゾーンを出るような挑戦的なアクティビティや、内省が深まるゲームなど体験学習と合わせながらそしてそこから、他者との対話を通して、視野を広げ、視点を増やし、自分を知っていく。
その体験から、自分を少しずつ真ん中に置けることができて
「今、自分にとってコミュニケーションってどういう意味?」
「リーダーシップって何やと思う?」
を言語化していく。
私は、そこを助けるのが、コーチやファシリテーターの役割やと思ってる。
特に、いわゆる“優秀”と言われてきた人たちほど、
「グローバル人材にならなきゃ」
「リーダーシップを発揮しなきゃ」
って思ってる。なぜならそれを期待されてるから。でもそういう言葉と、「自分自身」がすごくDisconnectされてる気がする。
グローバル人材という言葉や定義が先に走り出して、全く今の自分と繋がってないのが問題。
これは中高時代テスト勉強で化学とか歴史を一夜漬けで勉強して、点数は取れるけど次の日には全部忘れていて自分の学びには全くなっていないプロセスと似てる。
自分も含めて、そういう「エリート」と呼ばれる世界にいる人らって
“正解を出すこと”
“評価されること”
“点数を取ること”
をすごく頑張ってきたから。
でも、
「自分にとって、それって何を意味するのだろう?」
を問う問いって、誰もしてこなかった人たち。
だから私は思う。
学びのど真ん中には、いつも「自分」がいるべきなんじゃないかって。
自分にとって、この学びの対象はどういう意味があるのか。
リーダーシップってAさんにとっては〇〇、
Bさんにとっては△△
でも今の私にはXXということなんだな。
こうやって自分ごとにして、自分の言葉で語れた時。初めて、学びが起きて、変容が始まる。
この本とポッドキャストを通して、
今まで何となく自分の中で問い続けながら、研修のやり方を自分なりに試行錯誤で変えていっていたことがこれでよかったんだなって思えた。
もちろん、こういう教育って、子どもの頃からあったら最高やと思う。
でも、大人になってからでも遅くない。
むしろ、これまで「正解を探す生き方」を頑張ってきた人たちにこそ、必要なんかもしれない。
しかも正解なんて1秒で答えが出てしまうAI時代に生きる私たちにとって本当に大事なことだと思う。
ポッドキャストで話されてた
「知ってると知らないの間に空間があることが大切」
まさにこれが答えのないことを問い続けること。
だから私の役割って、
何かを“教える”ことじゃなくて、
その人自身が、自分の問いを持ち、自分なりの意味を見つけていくプロセスを伴走することなんやろうな。
そんなことを改めて感じた日の備忘録
本とポッドキャストの紹介







