思い出したままに一気に書いてます〜。連投すみません💦💦
予約投稿とか、なんか苦手なので…
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C病院の開放病棟のつづきです。
そこは、閉鎖病棟に比べると、水を打ったようでした。めちゃくちゃ静かに感じました。
いや、本当に静かでした。
鬱で動けない、喋れない人たち、ご老人の方が圧倒的に多かったかな。
C病院ではトータル1ヶ月くらいの入院になりましたが、大部分をここで過ごしました。
閉鎖病棟では結局、お風呂に入る機会(多分曜日が決められてると思う)がなく、ここで入りました。
何も知らず、はじめは大浴場に入りましたが、おばあちゃん達が介護入浴されてたり、わちゃわちゃ感がダメで、
以降は個別のシャワールームにしました。
(てか最初から教えてくれ)
当時の私には、精神科のことも病気のことも詳しくなく、閉鎖病棟や開放病棟という単語もわからないままだったので、ここでイロハを教わった感じでした。
私の隣の部屋にはちょうど入院患者向けのデイケアルーム的な部屋があって、そこでお菓子作りなどのレクリエーションをしていました。
そこには、許可の出ている閉鎖病棟の患者も参加できたようです。
私もよくわからないまま、許可も降りていないのに一度だけ参加してしまったことがあります。
後にも先にも私の入院した中では、入院患者に料理をさせてくれる病院はここだけでした。
朝はラジオ体操の代わりに演歌で独自の体操をしていました。
びっくりして思わず笑ってしまいました。
あとは検温、食事以外は何もやることなく、若い人も全然いなくて話し相手もいないので、
本当〜〜〜にヒマでした。
テレビもおばさん、おばあちゃん世代が演歌系でずっと陣取っているし。
一人で折り紙やメイクしてみたり、本を読んだり、女性の看護師さんにも話しかけたと思いますが、同世代の人はおらず、癒しにはなりませんでした。
若い男性看護師さん二人がイケメンだったので目の保養でした。比較的相手にしてくれました。
当時私は痩せていたみたいで、看護師さんに心配されました。
食事は美味しかったです。
多分、何かを心配されて、共同で食べるところには案内されず、入院中部屋でずっと一人で食べていました。
もう一人、部屋で食べていて鬱の酷そうな人に話しかけましたが無視されたので、後は話しかけませんでした。
女性看護師さんは言い方がキツくて、ある日急に
「りそさん、食事自分で持って行って、もう大丈夫でしょ!」
と言われてびっくりしました。
あとの生活としては、「外出してきます」のマグネットを自分の名前のところに置いて貼って、看護師さんに声をかければ、時間内なら自由に外出できました。(入浴も同様)
たいていはマクドナルドに行ったり、本屋に行っていました。
シャワールームではパッと見どこが悪いのかわからない女性がいつも掃除をしていました。(決まりではなかったようなので、暇つぶしだったんだと思います)
このようにたいてい、どこが悪いのかパッと見わからないレベルの人たちが多く、静かに時が過ぎて行きました。
カラオケの時だけ隣の部屋が元気でしたが…
私がいる間に一人だけ、「私ご飯食べたの!?」と大声で聞く頻度が多くなったおばあさまがいて、私が最初にいた閉鎖病棟のさらに上の閉鎖病棟行きになったと聞きました。
マツケンサンバを気持ち良く熱唱する可愛らしいおばあさまでした。
つづきます。