気づくと私は、C病院の閉鎖病棟にいました。

そこでの主治医はおじいちゃん先生。
経験豊富なしっかりした精神科医だったと思います。

私はこの先生のことをかなり信頼していました。

先生に手紙を書いたりして自分の考えも伝えていました。


後で知ることになるのですが、この病院は離れているところの精神科医も名前を知っているほどの、多分いい方の評判で有名な病院らしいです。

鬱と診断されるまでは、全く名前を知らなかったのですけど。


そこでの入院生活は…

思い出したくないことも多々ありますが、可能な限り書いていきます。

エピソードと、生活面をできるだけ分けた方がいいかな。

C病院についてはネタが盛りだくさんなので、分けて書くかも。




C病院は、まずどんな患者でも閉鎖病棟に2〜3日は入れて様子を見せる方針のようでした。

前提として、地方の精神科の病棟は重い人が多い傾向にあるらしいです。


入院といえば、祖母がたまに入院してた普通の外科ぐらいしか見たことがなく、そのイメージの私には衝撃でした。

後にも先にも今のところ、C病院のその病棟が私にとっては閉鎖病棟ではMAXレベルでした。


部屋は6人部屋、カーテンはなく、同室の患者は、喋りが止まらない人と、完全に智恵子抄状態の人と、終始棚をガタガタやっている人と、鬱状態で微動だにしない人などがいらっしゃいました。 


病棟は男女混合。

一応男性側と女性側にホールを間に挟んで分かれていますが、(たいていはそういう造り)簡単に行き来できる状態。

私が入院した病院は結局、男女混合の病棟しか経験しませんでした。


窓には鉄格子、鉄格子の中に入れられている患者もいて、薬の時間には看護師さんのもとへコップを持って並び口に入れてもらうという病棟でした。

もう人間扱いじゃないような気分になりました。

人間というより「動物」になってしまうような。


私は後にも先にも床で人が寝てる、とかそのレベルの病棟はここだけでの体験でした。

1日目か2日目の夜には私が新入りである噂を聞きつけてやってきたおじいさんに頬を叩かれたり、

やっぱり部屋がうるさくて、全く休めず、3日と持たずに開放病棟に変えてもらいました。


おじいちゃん先生は、患者のおじいさんに殴られた時、母親達に苦笑いで「すみませんねえ」と言っていて、

部屋替えのときも(私が主にうるさいと訴えた人が)「あの人も大変だから」と言っていて、

もう色んなことがあるあるで、先生も慣れっこなんだろうな〜と思いました。


開放病棟は、閉鎖病棟とは全く雰囲気が違いました。

次は、C病院の開放病棟の話をしたいと思います。


怖いのは、私が体験した閉鎖病棟より、もっと上のレベルの閉鎖病棟が2段あるということでした。想像を絶します。



つづきます。