何を綴ろうか
こんばんは。
元気です。
前回はすみません。
刹那的に、突発的なキモチのゆれで行動してしまうことの怖さみたいなのを改めて考えました。
たとえばメールのやり取りでも、自分の気持ちに余裕があれば怒らないような些細なことでイラっとしてしまたりしますよね。そこで生まれたその、イラッをすぐ返信にこめて相手に返してしまったら・・・
数分後、数時間後にはものすごく後悔する。。
だからなるべく返信を作ったとしても、客観して俯瞰して冷静になってから「送信」せにゃといつも思ってるんだけど。むずい。
メンタルコンディションはやっぱり大事。
わたしの場合いつものパターンがある。
悲しいこととか嫌なことが1つ、2つ、までは乗り切れるんだけど、それがリセットされないうちに3つめがやってきたときブレーカーがガシャンと音をたてて落ちてしまう・・・
ちょっとしたことなら大丈夫なんですが、ヘビー級なのは抱え込めるの2.9まで。あぁ自分ヨワス。
『ブレーカーが落ちる』と身体が重くなります。めまいがします。学校さぼるためのツジツマあわせを始めます。(授業の予定確認したり、サークルに連絡したり・・・)で、心の負荷を取っ払ってやっとぐっすり寝ます。
寝たいだけ寝て、ノートに綴りながら今の悩みや不安を自己分析して、解決策を書いて、決意して、シャー!!!ってなり復帰。
あるいみ強いかも。
パターン化したのは一種の自己暗示作戦ですな。
まぁ来年からはうまいことこなしていけるか不安ですが。
実は大学でたまぁにふらっとお世話になってるカウンセラーさんが居て、秋のイベントラッシュと内定ブルーのダブルパンチの時期に相談に通ってました。
その先生曰く『あなたは辛い辛いといいながら、結局全部こなしてるよね。自分でやりきるんだよね。』だそうで。
自分の中で越えてはいけない一線をもっているんだとおもう。
その一線だけは守るために、ゴム風船のような自分を敗れないギリギリまでぎゅうううっと引き伸ばすんだ。
表現がヘタクソだから意味分からないかもしれないけれど。。。
大事な一線は守るんだ。
なにか明確な基準がきっとある。
それが崩壊したら、その時は本当に自分にはなにもなくなりそうだから、そこまでは。
わたしは父にそっくり。
大学に入って年月を重ねるごとに近づいていってる。経験していることも、考え方も。
だから色んな気持ちがわかる。
似てるって感じて嬉しいこともあるし、怖いこともあるし、やばいと思うこともある。。。
反面教師にしたいと思っていた部分まできっと今は受け継いでいるから。
でも父を本当に尊敬しているんだ。
『将来はお父さんみたいな親になりたい』ってずっと誓ってる。
『悩みながらも進んでいこう!』
なんてポジティブな声かけは結局病んでるながらもそれなりに全うな人が言うことばなんだろうな。
いつもはそうやって自分を景気づけるけど、それをしたくないときもあるって改めて実感。今はいいや。
今はローテンションを味わうさ。
卒論のこと、のどに刺さった小骨のようだ。
自分のふがいなさ、先生の『言葉は暴力だ』という話、でも聞かなきゃいけないんだ。
ただただ立ちすくんでる。よくわからない混沌の中動けないでいる。
ちょっとしたことで涙してしまた自分がよくわからない。
でもまだ 進まなきゃ という気持ちではない。