初めましてのかたに

息子は、我が家の三人目の子どもで長男。

2000年生まれ。

1歳にならないうちに筋ジストロフィー症と告知される。

 一時保育で保育園に通いながら、年中からは姉たちも通った幼稚園に入園。小学校も姉たちが卒業した小学校の通常学級に通い、無事卒業。中学校は、在籍は支援級だったがほぼ通常学級で過ごした。中学校2年生の冬から不登校になり、3年生は修学旅行と文化祭と卒業式だけ出席した。通信制高校に進学するが、定期テストを受けに登校するのが体力的に厳しく中退を決める。それから自宅で過ごしていたが…。

2023年秋から画策し、突然「東京で一人暮らしするから」と宣言し、あれよあれよと準備を進め、住所を移し、ついに2024年3月22日から東京都民となった。

5月9日、生まれ故郷を出て上京し、息子の新生活はスタートを切った。

一人暮らしとは言っても、24時間訪問介護を受けての生活になる。これまで介助してきたいろいろを引き継ぐために私も引越しに同行し、しばらく滞在していた。不安は残っていたが、どこかで区切りをつけないとならないので、6月3日、心を鬼にして自宅へ戻った。

↓は、昨年(2023年)の9月あたりことを振り返って書いています。

 一人暮らしを考えるきっかけ⑨

母が腎臓の疾患かもしれない、長期の入院の心配もある、と聞いた息子は、そうなると「自分はあの大嫌いな病院に入院するしかないのだ」と絶望したのだろう。
後日、その病院のことが嫌いになってしまったのは、小学校の高学年からだと話してくれた。その病院には学校が併設されていて入院生活を続けている児童生徒は病院から学校へ通っていた。大型の電動車いすが三台横並びで走れるような広い廊下があり、車椅子の車輪でスイッチを踏んで開ける自動ドアで、スペースにも余裕があった。それぞれの身体の状態に合わせた学習ができるように工夫されていて、PCを操作しながら授業に参加している生徒もいた。何度か見学に行き、設備が整っていることに、驚かされていた。小学校高学年になると、検査入院のたびに、それも何度も何度も、併設の中学校への進学を勧められた。地域の子供として地域の学校に通わせたい、との一心で地域での活動にも頑張ってきた母の想いなど、鼻で笑われてしまった。「そんなことより身体の状況に合わせた学習の機会の保証の方が大事なことだ」と。息子は「友達を得ることの大切さ」を語られて悔しい思いをしたと言っていた。自分には学校に友達がいるのに「普通の学校では車椅子の子に友達はできない」と言われて悲しかったそうだ。その悔しさや悲しさはずっと息子の心の中にくすぶっていたようだ。そして、中学二年生の冬に、さらにその病院との関係が悪化してしまう決定的なことが起こる。(続く)