もし、貴方が犯罪に巻き込まれ、犯人に「動くな!」「声を出すな!」と言われたらどうしますか・・・?多分、貴方を含め多くの人は言われた通りにするのではないでしょうか。しかし、犯人の指示に従うことは必ずしも貴方の安全を意味しません。言われた通りにした結果、ただの空き巣強盗が暴力犯に豹変する場合が多くあります。


犯人に「黙って言う通りにすれば乱暴はしない」・・・その言葉の信憑性はなんでしょうか?人は無意識のうちに誤った推測のもとに思考を働かせます・・・”黙って言う通りにすれば乱暴はしない”と言っている・・・逆らうと何をされるか不安である・・・だから言う通りにしていた方が大丈夫かもしれない・・・これは何事に対しても理屈で物事を考えてしまう人間の習性から、犯人にそう言って欲しいと願う気持がそのような心理状態を作ります。


もし、犯人の言葉を信じ人目に触れない場所に連れて行かれたとしたら、貴方は完全に犯人の支配化にある最も危険な状態にあることを忘れてはいけません。もはや、その時点では犯人の言うことを信じる以外に何も望めません。最大のチャンスを失った貴方はいつ訪れるかわからない次のチャンスを恐怖に慄きながら待つしかありません。しかし、そのような心理状態の中では逃げることができるかもしれないわずかなチャンスにも気づくことはできません。


逃げるチャンス、そして助かるチャンスは一度きりです・・・犯罪に直面した最初の数秒間の行動で貴方の人生の全てが決まります・・・「犯人が何をするかではなく、貴方が何をするかです」・・・その時にケガをすることへの恐怖心に支配され何もできなかったとしたら、その先にある生き残る可能性はとても少なくなります。


では、恐怖心に打ち勝ち危機的状況から抜け出るにはどうすればよいでしょうか・・・?その答えとしては「恐怖心」を「怒りの感情」に変換することです!「怒りの感情」とは、自分が生死の危機に曝されたときに感じる「身を護るための不可欠な感情」です。私も「怒りの感情」を恐怖心に対する対処的アプローチとして攻撃性を高めるために使用します。


恐怖心が強いほど「怒りの感情」は高ぶり、上手くコントロール出来れば危機的状況を打破するための思考と感情そして意識を集約させ全力で立ち向かうことが可能となります。「集中力」とは、危険を顧みず前進する原動力です。逃げ道を作らず、自分を追い込むためにも不可欠な存在です。この強力な感情のエネルギーを、犯人に対する怒りに変換させ、緊迫した最初の数秒間に自分ができる全てを呼び起こすことが必要です。


できること全てとは、心身に備わっている力のことであり、それは「恐怖」という感情により呼び起こされます。それを「怒り」に転じることにより、通常では考えられないような、自分でも思いもしなかった強さを生みます。これは通常動物が外敵から攻撃され命が危険に曝された時に自然に起きる反応と同じです。


しかし、人間の場合は、本能的に体が反応しても、人間は大脳で考えてしまいます。交渉する、降伏する、威嚇する、戦うといった選択肢の中から自らの知識と経験を照らし合わせて、自らに適した方法で最終的に身を護ろうとします。しかし、危機的状況においては理性的に物事を考える大脳は良い方向へは進みません。この時に必要とされる能力は、原始的、動物的といわれる本能であり、それが危機を素早く察し行動に移します。


これは、逃げるか戦うかを見極める反応で「逃避攻撃本能」と呼ばれ、本来生きていくためには必要不可欠の能力です。しかし、現代の文明社会においては危険がなく、そのため自然に発生するこの反応を理性的に押さえ込むことを習慣ずけられてきました。些細なことで反応しいちいち怒りを爆発させていたら世の中は機能しません。そのため、私達は一人一人が「社会」という枠組みによって「逃避攻撃本能」の持つパワーを押さえ込むように習慣づけられています。


しかし、このような反応を自制することが意味を持つのは、私達と同じ文明人を相手にしている時だけの話です。暴力犯はという”野蛮人”です。この野蛮人から身を護る唯一の方法は文明人の知的な反応から原始人や野生的な「逃避攻撃本能」に切り替えられるように、日頃から心構えを作っておくことです。