約1年前、私にとってスピリチュアルと現実とは
どうも、別々のものでした。
スピリチュアルは、ふわふわしていて現実的ではないもの。
現実とは、歯を食いしばって一生懸命生きるお堅いもの。
このどちらかの生き方しかない。と思っていて
スピリチュアルと、現実的な生き方を融合させることはできるのか?
ということをテーマにhappy business projectを始めたんですね。
それで今の私は、明らかに1年前より進化していて
視野が広くなり、いろいろなことが分かるようになって、もちろん現実も大きく変わっていったのですが
スピリチュアルと現実は切り離されたものなんかではなくて
そもそも、今生きている現実が自分の内側でしかなかったと言うことなんですね。
最近はそれが当たり前の自分でしたが、
ふと、1年前くらいの自分のことを思い出しました。
私にとって、スピリチュアルと現実は別々で、思ったことが叶うとか知ってるけど受け入れがたいこと。でしかなかったなー。と
それだけ、内側が外側に反映されることを疑っていたのではなくて
現実とは、スピリチュアルとかけ離れていたもの。というのを
強く強く信じていて、それが人生だ。と思っていた。
私は何かを疑っていたのではなくて、他の何かを強く強く信じていたんですね。
私たちは何かを信じなかった瞬間なんて、1秒たりともない。ということをバシャールは言っていました。
何かを疑っているのではなくて、それではないものを頑なに信じている。
そして、信じている、定義しているもので人生が繰り広げられていく。
私が現実だと思っているのは、実体のない空。
仏陀もこのことについてずっと伝えてくれていたんですね。
般若心経だって、知ってはいたけど、
何について話しているのか、なんとなく知識としてあるけど
それはただの知識であって、私の体感を伴わないものでした。
だから、そもそも分離されていなかったんだけど
分離されている感覚を信じていた。
だから、無条件の元で愛されている私たちは
分離された感覚を生きることさえも、この宇宙に許されているんですね。
分離していない、繋がった世界で分離された感覚(苦しみ、しんどさ、努力、孤独)を楽しむ。という
なんともツウな楽しみ方。笑
そもそも、繋がっているんだから、繋がったまま楽しめばいい。
分離した状態を楽しむのももちろんいいけど、苦しいならやめることだってできる。
自分で分離を生み出して、苦しんでいる。まさに自作自演状態。
例えではなくて、本当にそうだった。
私たちは、分離したような感覚を経験することも許されている。ということを知っていれば
こっち(苦しみ)が本当ではなくて、これは1つの選択肢かもしれない。と思えるかも
●オンラインサロン受付中!
ブログ更新のお知らせや、
LINE@だけのメッセージを時々配信しています
↓↓↓
インスタで日々の暮らしの投稿しています
フォローしてね〜@yuka_724
twitterも始めたよ気軽につぶやいてみます
フォローしてね〜