【舞台】名もない祝福として(2014)  阪清和(元・共同通信社記者、読売演劇大賞投票委員) | Rising Tiptoe

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せりふひとつひとつが持つ余韻、そして物語のシーンひとりひとりが醸し出す余韻、それらが絡み合ってまた別の余韻を生み出す演劇。そのなんと官能的なことか。演劇界がいまもっとも注目する表現者、宇吹萌(うすい・めい)が、かつてその美的感覚を最大限に発揮し話題を集めた舞台作品「名もない祝福として」を再演している。2010年の初演よりきらびやかさが増した美術、衣装そして、研ぎ澄まされたせりふがつくる彼女の世界は、静謐な響きを持ちながら、哲学的で豊かな深みを感じさせる、唯一無二の世界だと言っていい。

宇吹は、慶応大学を卒業後、大学院に進み、国文学専攻で唐十郎を研究してきた根っからの芝居好き。2002年に文化庁の派遣制度でニューヨークに2年間留学し、帰国後、「Rising Tiptoe」(ライジング・ティップトー)と名付けた演劇企画を立ち上げた。2010年からは中村小麦、2012年からは糸山享史朗が所属俳優になっているが、基本的には毎公演ごとに役者を集めるプロデュース型の公演をほぼ年2回続けている。

本作「名もない祝福として」をはじめとして、「THE BITCH」など、やはりせりふの切れ味がハンパなく、それが時にファンタジックなストーリーテリングと相まって、不思議な魅力を放ち続けてきた。慶応出身の優れた戯曲創作の新人に与えられる「N氏賞」の2002、2005年の佳作を受賞したほか、「THE BITCH」では2013年に第3回宇野重吉演劇賞優秀賞を受賞した。

宇吹は劇作家・演出家・劇団主宰としての顔以外に、現代詩詩人としての顔も持っている。しかもその実力は、数々の現代詩関連の賞を受賞したり、ノミネートされたりするなど本格的なもの。さらに、宇吹は自らの舞台の舞台美術や衣装などのデザインを手掛けることでも知られており、トータルな表現者として各方面から注目されている逸材なのだ。

★舞台写真「名もない祝福として」(撮影:Rising Tiptoe)




本作「名もない祝福として」は、山奥にある庭園型ハウスウェディング式場が舞台で、さまざまな立場の男女が集まってくることで物語が動き出す。
庭園にはさまざまな花が咲き乱れていて、それを管理する人たちがいる。その作業ぶりは献身的で、桜や秋桜や薔薇が同時に咲いていて、なぜか少し日常とずれている。こうした普通の庭園なのに少しずつずれている感覚を観客に与え続け、実は不条理な世界であることをゆっくりと示す彼女の手法は、いきなり不条理な世界観で見るように観客に強制する昨今の不条理劇よりもよっぽど恐怖感を覚える。宇吹の舞台はシュールであると言われるが、そのシュールさは、他とは別次元のものである。

主人公ら登場人物が口にする「慌てて出てきたもんだから・・・絶対につまらない忘れものしてる」という感覚が徐々になんなのかが分かってくる。そこには生と死の分かちがたい同一感と、不可逆性が満ちてくる。いまわたしたちはそのちょうど真ん中に立っているのかも知れない。後半はその世界のルールに従って、物語は比較的連続的に進むが、そこには残された時間へのいとおしさとともに残酷なルールが立ちはだかる。

その空間では、人々はさまざまな行動に出る。死に抗う人、生に焦がれる人。宇吹はまるでスケッチするようなさまざまな登場人物を配している。
メインのグループとは別に展開する若者たちの生と死もまた揺らぎの中にいるが、ベクトルはまったく違った方向へと向かっていくのである。

場面は違えど、舞台は庭園の中のすこし開けた小さな広場のような場所ひとつだけ。厳粛な儀式の前にわずかに残された時間に、互いの生を祝福し、死に意味を求める。とはいえ、彼らの話す言葉は時間にあるかのように、身近で身につまされ、刹那的である。そのことが逆に一生という時間の尊さを浮き彫りにしてゆく。一作一作、味付けは決して同じではない宇吹の作風だが、しっかりと彼女の根本に横たわる人間存在へのしなやかな視線は変わらない。


舞台「名もない祝福として」は、6月22日まで東京・高円寺の座・高円寺1で上演予定。なお、同公演は「灰」と「煙」という2つのチームで演じられる。8人の俳優だけが共通して出演する。

なお、「灰」バージョンの出演者は、高野亜沙美、小池優子、世古新(ZIPANGU Stage)、田邉淳一、洞口菜穂、仲俣雅章(オフィス松田)、大関貴也、國吉咲貴、鎌倉彩、川手ゆき子(劇団虚幻癖)、藍屋奈々子(in企画)、榊原美鳳。
「煙」バージョンの出演者は、中村小麦(Rising Tiptoe)、音多衣子、瀬畠淳、永井一信、ビ みほな、糸山享史朗(Rising Tiptoe)、荒井啓汰、竹垣朋香(LollipopChicken)、希久地沙和(異魂)、上埜すみれ(ヅカ★ガール)、飯塚未生(ヅカ★ガール)、星達也(Another:One)
そして共通して出演するのは、山田健介、大場結香、石黒徳子、浅野真帆、林拓弥、桜井隼人、関ぽん太、深海里沙子。