春のうららかな風とポカポカ陽気に虫たちが乱舞し、心地よさと騒がしさが混在する。

僕の心には秋を過ぎてカーディガンが必要な寒さを襲おうとする頃である。


〜〜〜〜李信13歳〜〜〜〜


南中学校へ入学した。


南小学校、東小学校の半分、嵐小学校、少数の坂上小学校から構成される中学校。


僕は東小学校出身である。


クラスは生年月日順僕は生まれが早いので2番

隣のよしこちゃんは顔はそれほどでもないが取っつきやすい愛嬌とむちっとした身体がどことなくしょぼい男たちに人気があったように思う。

前の二昌君は沖縄の堀の深さと馬鹿さとエロさを兼ね備えた男、性に対してませていた。
僕はピュア過ぎて性に対して全然分かっていなかった。

斜め前の中川さんは同じ小学校だったがあまり接点はなく、実は同じ公務員団地に住んでいたがその時も接点はなかった。


ある時中川さんからとある『異臭』がしてきた。


僕らの周りですぐに噂が広まった。

隣のよしこちゃんと『中川さん屁をこいてるよね〜〜w』

中川さんのお陰で周りの人と共通点が出来て仲良くなれた気がした。

調子に乗って僕は

当時◯◯真理教の地下鉄で異臭事件がありそこで◯Xガスを使っていたので、『中川さんV◯ガス出した』と周りに伝えて笑いをとっていた。

今にして考えるとひどい事をしたように思うが。

みんな色んなあだ名をつけていった。

中川さんは頭の毛が爆発したような髪型をしていた。

その髪型が当時流行っていて霊能者サイババと似ていて、かつ肌が少し黒かったので『チャイババ』やウルトラマンに出てくる怪獣ピグモンに似てる事から『ピグモン』というあだ名が付いていた。

中川さんの中学校人生は一瞬にして終了した。

一方竹野内君も同じクラスメイトだがら彼とは全然絡まなかった。というか絡めなかった。

絡もうとしても『はっ?、李信に関係ねーよ』ってな感じだ。

たまに絡んできても耳元でげっぷをかけららるや、思い切り浣腸をくらったり、まともな絡みはなかった。


僕はサッカー部に入った。


先輩後輩関係、同じメンバー、全然馴染めない。

基本馬鹿にされる、ヤンキーっぽい人が多かった。

サッカーもとりわけ上手くないので、ますます自信をなくす。

小学校のフットボールクラブの仲間もいたりした。

クラスこそ違うがカツオ君もいた。

しかし彼の心には別の何かが芽生えていた。

俺に対抗したり、俺を馬鹿にしようとしてくる。もう仲良しではない。

カツオ君は周りに取り入るのが僕より上手で舐められながらも先輩に近づいたり、弱者ゆえの戦略を持っていたようだ。

僕はプライドだけ高く誰とも仲良くなれず、気が弱く、すぐ泣く男である。

正直サッカー部の連中に絡まれて部活中に泣いてしまう事もあった。

僕は気が弱い

この一言に尽きる

ただ、今思えば僕の年代は南中学校近年稀に見る最恐の世代なのだ。

後輩の世代では、南中学校に入るのを恐れて中学校受験する子がいたり、引っ越しして別の中学校へ行ったりする子がいた。それくらい環境は悪かった。


環境が人を作るのは間違いないようだ。



馬鹿な中学校ってのあるが、テストの成績は150人中30番くらいが最高で、平均50番くらいだった。

特に数学が得意で、典型的に理系男子である。



まだ死にたいほど苦しい訳じゃなかった。中学一年の間までは、、、

続く