始めまして、ハンドルネーム李信と申します

急ですが、30代中盤男性が人生で感じた事、考えている事を伝えたいと思う。

できる限り体系付けて読みやすいように書きたいと思うが、気持ちが入り過ぎて支離滅裂な文になる可能性もある事を了承願いたい。


人とは理屈を超えたものを抱えながら、理屈っぽく生きようと努力している生き物だと思うから、それを含めて見て欲しい。





〜〜〜〜〜198×年某月某日〜〜〜〜

夜空と暗くなり闇が辺りを包む時刻、カレーの香りが辺りを立ち込める





とある産婦人科

赤子『オギャー、オギャー、オギャー』


看護婦『元気な男の子ですよ〜』





とある平凡な家庭の長男として僕は産まれた、時計の短い針は『7』を刺そうとしてる時だった。

名前は李信(ハンドルネーム)

母子ともに健康、元気な男の子として僕は命を授かった


身長47センチ、体重2800g



何もかもが平凡な男の子として産まれた





、、

、、、

、、、、





、、、、、平凡に産まれたはずだった。





伝えておこう



僕は特殊能力に近いものを持っている





遠い昔の場面場面の映像記憶力があること





例えば、皆様は0歳の頃の記憶はありますか?


、、

、、、



僕はあります!

0歳の時に地元近くの耳鼻科に行き、看護婦に抱かれている時の目線の記憶がある。


その目線の先には天井近くの段ボール箱に『※エーザイ』と記載されている。


※薬品メーカーの名前


そして驚くかもしれないが0歳の僕はなんとこの文字が読めたのだ!!


しかし!!!


0歳の僕は『言葉』というアウトプット方法がわからないので、『オギャー、オギャー、オギャー』と泣くしか出来なかった。

、、、読めたのに言えない


本当はあの時『エーザイ』と言いたかったのに、、、


この場面の映像と『エーザイ』と言いたかったという気持ちが残っている。



大人になって母に確認したら、0歳の時に地元近くの耳鼻科に行っている事を知って、鳥肌が立ったのを覚えている。



もしかしたら産まれた時からもう始まっていたのかもしれない


、、、いやっ、産まれる前から神様が予定していたのだろうか



僕がこのブログを手に取らざる得ない人生になる事を



続く