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あるヨギのブログ

インドに行き初めて30年で名古屋でインドの伝統的な瞑想法、マントラ、ニャーナ・ヨガ、ダッタ・サンプラダヤ、タミールシッダンタ・ヨガ等を教えています。
プロフィール↓
https://ameblo.jp/rishijnana/entry-12837332398.html



夜にパルキーという神像を揺りかごに乗せて、

神の歌を歌いながら寺院の周りを回るのが始まりました。



↓私も担ぎました









寺院の周りを回って、

寺院内に戻って少しすると、

インスピレーション的にスワミ・サマルタが現れ

マントラを伝授されました。


マントラも『グル・パードゥカ』に関するマントラで

『グル・パードゥカという言葉以外があまり憶えれないな』

と思った、その10秒後くらいに

そのマントラの入った『神の詩』が歌われます。


すぐに携帯で録音して、

日本に帰ってから調べると

マラティ語の詩で『グル・パードゥカ』を讃える賛歌でした。



①師と弟子、そのような交わりによって離欲が生じ、心の迷妄という重い錯覚は消え去った。師は、現にパラマートマそのものを私に会わせてくださった。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


②正しいヨーガの道を、私の家へと導き、この身そのものをパラブラフマンと成してくださった。その巨大な覚醒の太陽が昇った。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


③動くものにも動かぬものにも遍満するその存在。絶え間ない合一が、私に与えられた。最上位(パランパダ)において完全な合一が成就した。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


④常に人々の中に隠れて働き、歓喜する信者には自己の真智を語るお方。真の信愛の情を糧とされる。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑤私の罪は無量無数である。それらすべてを心に抱え込みながら、私を悟らせるために師は多大な苦労をされた。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑥私は何一つ奉仕すらできなかった。それでも師は私を救い上げてくださった。今こそこの命を捧げよう。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑦私の身体には我執がある。それでも真の師はそれを引き受けてくださった。師の心には、わずかな歪みも生じなかった。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑧今、どうして師にこの恩に報いられようか。この身を振り払い、投げ出すほかない。私は一心に礼拝し、完全にひれ伏した。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑨ヴェーダの言葉が語りに語っても、「ネーティ・ネーティ(これにあらず、あれにあらず)」と退くその存在。その姿には終わりも彼岸もない。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。 


⑩聖者の胸に抱かれて命を委ねた者の重荷は、清浄無垢なる主が背負われる。ナーラーヤナ(神)に関する迷妄は完全に消え去った。 

――どうして私は、師のパードゥカーを忘れられようか。

その後、私たち3人だけ

特別に僧侶のみ上がれる一段高い

ご本尊に近い場所に上げてもらい

この日の絞めである『アラティ』が歌われました。






最後の夜の祝福はまだまだ続きます。



 

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