鹿折唐桑→気仙沼
※ご覧になる場合のブログBGMoffは恐れ入りますがサイドバーパネルにてお切り替えください





(以下、'91年夏のメモ書きから)←殴り書きに近いのでUPに耐えられない
7:00 上野 発 ⑰番ホーム 常磐線 スーパーひたち3号 1号車13番A席
↓
9:20 平 着 (乗り換え 向かいホーム)
9:22 平 発
↓
12:07 仙台 着
12:20 仙台 発(東北本線) ②→①へ乗りかえ 気仙沼までの切符を買う
↓
13:04 小牛田 着
13:20 小牛田 発(気仙沼線)1~4 主に②~④へ乗りかえ
↓
15:07 本吉 着
17:03 本吉 発
↓
17:40 気仙沼 着
……………………

地元の、観光案内所か何処かでもらったフリーペーパー

10:18 鹿折唐桑 発(大船渡線 上り)
気仙沼
↓
11:37 一ノ関 着
(以上、メモ書きより)
分厚い時刻表から無造作に切り離して残っていた古いきれっぱしを見て、気仙沼線の快速に乗ったという記憶は間違いだったことを確認。
15:07 本吉 着←この駅で降りること、それも旅の目的の一つだった。が、実際には乗り越した。近づく駅の周囲を見回し止む無く断念を即断したのだ。何故か、山の中、それもかなり高い場所に在るという印象が強い。海は近いはずなのに。
快速に乗ったのは気仙沼線ではなく、大船渡線だったことを確認、快速むろね…名称は記憶にない。
━─━─━─━─━─
何度も旅行した東北を初めて訪れたのは、
小学六年生の夏休みだった。当時の、福島の五色沼や磐梯吾妻スカイライン、蔵王エコーライン、お釜、山寺、は今でもよく覚えている。
2度目は、
19歳の夏、初めての一人旅だった。目的地は、猊鼻渓、厳美渓、そして平泉だ。
それから何度目のことだったろう?
暑い夏はちょうどお盆の時だった。2度目の一人旅。最終目的地は、もちろん平泉だった。唯、その旅は自分らしくない旅だった。計画性に乏しいものだった。そのせいなのか?記憶がおぼろげだ。東北新幹線の代わりに取れたのが、常磐線のスーパーひたちの指定席だった。但し、平駅まで。鈍行で行く旅が大好きな自分でも、仙台に着くまでは気が遠くなりそうだった。
不思議なのは、
初めての気仙沼線に興奮気味で電車に乗り込んだ割りには、海の景色を覚えているといったら、入組んだ幾つもの入り江の陸橋から真下に迫る海と波しぶき。そして、その自然とは対照的な何か発電所のような建物ぐらい。水力発電所か何かだろうか。そして、通り過ぎただけの松島海岸だ。ああ、でも、こうして打っていたら、気仙沼駅に間も無く着くという辺りが目に浮かんでくるような…。
今こうして時刻表を見ていても、乗りかえるのに苦労しそうな路線。
仙台から東北本線で、小牛田まで行き、小牛田から前谷地で気仙沼線に乗りかえたのだろうか。だから、石巻線の女川という名前をずっと覚えていたんだろうか?記憶が薄れてしまった今、それでも当時はふと思い立って時刻表の切れっ端を頼りにフラッと出かけたのか?。
気仙沼には、本吉駅で乗り越した分の時間、予定より早く着いた。
駅からタクシーに乗って向かった先は、サンマリン気仙沼ホテル観洋だったと思う。大浴場から港が見えたように記憶してる。
翌朝、
その日もよく晴れていた。唐桑半島の巨釜までバスに乗って行った。有名な折石を見るのが目的だった。
半島の海沿いの景色を眺めていると、後席の女性が声をかけてきた。どこから来たの?というような事だったと思う。地元の人には、私が一人旅者であると直ぐ判るんだろう。目的地を告げると、「車に乗せて行ってあげる」と言われた。まるで、本当の親戚の叔母さんのように言ってくれた。バス停から距離があったんだろう。それさえもよく覚えてない。
使い捨てカメラで撮った割りには鮮明でよく撮れている写真(記事にupした画像はボケている)。観光者の中に一人で旅をする女は私だけだった。
その後、一ノ関に向かう為、大船渡線の鹿折唐桑駅へ向かったんだろう。当時のメモ書きと時刻表で確認した。
バスの中で私は運転手さんに何か尋ねたんだと思う、お礼を言って降りた。降りて直ぐバスを見送ろうとしたその時、運転手さんや乗車している窓際の何人かの人が、笑顔で私に向かって、そして手を振ってくれた。
駅の待合室だろう、椅子に座って電車を待っていた。麦わら帽子が似合いそうに素朴な造りの駅のホームも覚えている。そして、一ノ関へ。平泉が私を待っている!などとその気になって、初めて大船渡線に乗ったんだろう。
車に乗せてくれた女の人や、バスの運転手さんと、手を振ってくれた乗車していた人達みんな、元気にしてくれているんだろうか?