告白と白状 | 夢羽舞 音 MOVE ON

告白と白状

ブログを始めて約3年。色んな事に遭遇し、書きたいことを打てぬまま今はもう面倒になってきた。

デヴィッド・ボウイの手に触れた事がある(日本武道館)。正確に言うと、カスった程度。隣に居た知人女性がボウイの手に触れた感触は私より勝っていたようだ。私が買って余ったチケットをタダで彼女に譲った私のお人好し=バカがそうさせたのか?

そして思い出した、ずっと忘れていた事を。デヴィッド・シルヴィアン(元JAPAN)。彼とはシッカリ握手をし、サインももらった(at渋谷パルコ。サインは、思い出話風記事にした際証拠として画像をUPするつもり)。それがデヴィッド・ボウイならば、忘れようはずがない。デヴィッド・ボウイとは握手ではなくカスっただけで、サインをもらえたわけでもない。もらえたのは彼の周囲の人から。デヴィッド・ボウイではない。

私が本当に羨ましいと思うのは、1973年のデヴィッド・ボウイの公演を観た人と彼に会えた人だ。当時の私は小学5年生。その時の野口五郎に夢中だった私がデヴィッド・ボウイを知り得たとして果たして彼に夢中になれただろうか?また同じく、1978年の彼。私は高校1年生になっていた。日本公演があることを知ったのは、終って3日後のことだった。そんな残念なことが他にあるだろうか?

その後の日本公演は2004年を除けばコンサートは全て観ている。その中から挙げると、ティンマシーン時代の横浜文化体育館(wikiの神奈川県民ホールは間違いだ)の、アリーナにあたる席の2列目の真ん中だった時は、デヴィッド・ボウイの腕の傷跡が見えたほどだ。NHKホールの、他ではアリーナにあたる1階席の、一番前の右側BOXの中でもステージに近い席では、目もシッカリ合ったと信じている。何故なら目立つ目的で買った派手なオレンジ色のスーツを着た私が異様に映ったのか、目を瞠るように凝視されたから(DBは無意識だろうけど)。NHKホールはテレビで見るより小さくて驚いたが、逆にそれが嬉しかった。また、京都では、目の前を通る彼…と言ってもガラス越しの彼を目撃した。でも、私が本当に観たかったのは、それらではないという事だ。

デヴィッド・ボウイと私は、すれ違う運命なのだなと。自分にはどうすることも出来ない運命なのだと。そう思えば諦めもつくが、縁が無いとも言える。それでも、手はカスったのだから、それこそ”袖振り合うも多生の縁”か?ピン爆。あー、それにはやっぱり無理がある。本当に私が見たかった日本公演は、1973年と1978年の彼なのだから。もっと早く生まれていれば良かった。だから、やはり仕方が無いことなんだと諦めがつく。いや…やっぱりあの時、ああしていれば、こうしていれば…と、脂汗をかきながら後悔する。いや私が生まれたのが遅かったのだ…。

アホみたいな自問自答を半永久的に繰り返す。

以上、不意打ち