セックス・ピストルズ
(追記)
ジョンライドンが、爆笑問題の太田に見えてきた。
(以上)

God Save The Queen/ Sex Pistols
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
(以下コピペ)
今や伝説となっているロンドン・パンクムーブメントの立役者。音楽面というより、レコード会社に2回も契約を破棄され、王室を批判するなどまさに抵抗というパンクの概念にふさわしい行動により名を残した。ニューヨークパンクの雄、ニューヨーク・ドールズのマネージャーだったマルコム・マクラーレンがロンドン・キングス・ロードのブティック『SEX』の客だったジョニー・ロットン(vo)、スティーブ・ジョーンズ(g)、グレン・マトロック(b)、ポール・クック(ds)にバンドを組ませたのが始まり。76年に原色に染めた髪と安全ピンで留かれたた服で登場、政府批判の「アナーキー・イン・ザ・UK」でデビュー、センセーショナルを巻き起こした。77年の「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」は全英2位の大ヒットとなった。しかしソングライティングを手がけたベースのグレンが脱退、シド・ヴィシャスが加入、ファッション的には派手になったが楽曲面では苦戦を強いられることになる。同年唯一のアルバム『勝手にしやがれ!!』が発売された。78年の全米ツアー中にジョニー・ロットンがバンドを脱退、解散となった。
(以上コピペ)
Anarchy in the UK /Sex Pistols
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
ジョン・ライドンが、デヴィッド・ボウイに憧れていたと知った時は、驚いた。
dbのコンサートでは、楽屋からギターを盗んだという話。
「ロックは死んだ」発言は有名だけど、それを最初に言ったのがボウイだ。
因みに、デヴィッド・ボウイは、皇室から授かるはずだった称号ナイトを断ったという話だ。カッコいい!この点においては尊敬に値すると思っていいんだろうか?「ボウイ、貴方に Sir は似合わない。」なんちゃって♪ジョン・レノンはそれを授かった後に返している。ポール・マッカートニー氏やミック・ジャガー氏やエルトン・ジョン氏の場合は、周知の通り。もらえるもんはもらっとけってか。
こうして改めて聴き観ると、彼等は勿論、ニューウェーブも、今の時代より断然刺激的だ。十代をそういった時期に過ごすことができた幸せに感謝したい。
女王や保守に盾突くバンド、英国らしくて最高です♪わたしもどっちかてえとそっち系になると思う苦笑。その点、DBは立ち回るのが巧みです。今のご時世ボウイのように世渡りの上手い人の方が多いです。
シティ・サーファー/アナーキー
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
私が18歳頃だったか、日本のアナーキーというパンクバンドがブレークして、印象に残っている曲は、”シティ・サーファー”。当時は、サーファーファッションが流行っていた。が、流行の波に乗る格好だけの”丘サーファー”であると皮肉っている。丘サーファーな格好は、度合いによっては好印象に見えるので、親御達に受けのいい無難なファッションに成り得た。
流行を過剰に意識する意味においては、私も同じ穴の狢というか同類項だったかも知れない。イデタチは、テクノ又はカラス族系の、世間的には奇異な眼で見られがちな私には少し勇気がいるファッションだった。なので、異種族としてサーファーを囃し立てたい気持ちを正直持っていた。女が、オリビア・ニュートンジョンみたいに男受けのする恰好をするのは簡単なんです。でも、反抗期から卒業できなかったらしい。常識とか世間一般に受けがいいものを否定とにかく拒否したかった。常識アレルギーだ。
それなのに、ああそれなのに、そんな自分が気になる男性は…サーファーだったという、落ち。但し、丘のほうではないよ。男と女は互いに違うものを求めるからかしら?ピン爆
当時はパンクを聴くのは苦手だった。その一方、イヤでも目に付いたので結局面白がってテレビや音楽誌をつい観たもんだった。”保守体制に逆らう”という意味ではそそられたから。そうかと言って、私は”←”ではないので誤解なきよう。勿論、”→”でもないから!(今夜は、蒸しそう)
ところで、特攻隊服の”→”なのに、パンクしてるバンドをテレビで観た事があって…、解せぬ(ケータイCMの阿部サダヲ風)。まっ、ドーデモいいや、何でも有りなんだろうから・核爆。
ジョンライドンが、爆笑問題の太田に見えてきた。
(以上)

God Save The Queen/ Sex Pistols
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
(以下コピペ)
今や伝説となっているロンドン・パンクムーブメントの立役者。音楽面というより、レコード会社に2回も契約を破棄され、王室を批判するなどまさに抵抗というパンクの概念にふさわしい行動により名を残した。ニューヨークパンクの雄、ニューヨーク・ドールズのマネージャーだったマルコム・マクラーレンがロンドン・キングス・ロードのブティック『SEX』の客だったジョニー・ロットン(vo)、スティーブ・ジョーンズ(g)、グレン・マトロック(b)、ポール・クック(ds)にバンドを組ませたのが始まり。76年に原色に染めた髪と安全ピンで留かれたた服で登場、政府批判の「アナーキー・イン・ザ・UK」でデビュー、センセーショナルを巻き起こした。77年の「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」は全英2位の大ヒットとなった。しかしソングライティングを手がけたベースのグレンが脱退、シド・ヴィシャスが加入、ファッション的には派手になったが楽曲面では苦戦を強いられることになる。同年唯一のアルバム『勝手にしやがれ!!』が発売された。78年の全米ツアー中にジョニー・ロットンがバンドを脱退、解散となった。
(以上コピペ)
Anarchy in the UK /Sex Pistols
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
ジョン・ライドンが、デヴィッド・ボウイに憧れていたと知った時は、驚いた。
dbのコンサートでは、楽屋からギターを盗んだという話。
「ロックは死んだ」発言は有名だけど、それを最初に言ったのがボウイだ。
因みに、デヴィッド・ボウイは、皇室から授かるはずだった称号ナイトを断ったという話だ。カッコいい!この点においては尊敬に値すると思っていいんだろうか?「ボウイ、貴方に Sir は似合わない。」なんちゃって♪ジョン・レノンはそれを授かった後に返している。ポール・マッカートニー氏やミック・ジャガー氏やエルトン・ジョン氏の場合は、周知の通り。もらえるもんはもらっとけってか。
こうして改めて聴き観ると、彼等は勿論、ニューウェーブも、今の時代より断然刺激的だ。十代をそういった時期に過ごすことができた幸せに感謝したい。
女王や保守に盾突くバンド、英国らしくて最高です♪わたしもどっちかてえとそっち系になると思う苦笑。その点、DBは立ち回るのが巧みです。今のご時世ボウイのように世渡りの上手い人の方が多いです。
シティ・サーファー/アナーキー
※お聴きになる場合のBGMはサイドバーパネルにてお切り替え下さい
私が18歳頃だったか、日本のアナーキーというパンクバンドがブレークして、印象に残っている曲は、”シティ・サーファー”。当時は、サーファーファッションが流行っていた。が、流行の波に乗る格好だけの”丘サーファー”であると皮肉っている。丘サーファーな格好は、度合いによっては好印象に見えるので、親御達に受けのいい無難なファッションに成り得た。
流行を過剰に意識する意味においては、私も同じ穴の狢というか同類項だったかも知れない。イデタチは、テクノ又はカラス族系の、世間的には奇異な眼で見られがちな私には少し勇気がいるファッションだった。なので、異種族としてサーファーを囃し立てたい気持ちを正直持っていた。女が、オリビア・ニュートンジョンみたいに男受けのする恰好をするのは簡単なんです。でも、反抗期から卒業できなかったらしい。常識とか世間一般に受けがいいものを否定とにかく拒否したかった。常識アレルギーだ。
それなのに、ああそれなのに、そんな自分が気になる男性は…サーファーだったという、落ち。但し、丘のほうではないよ。男と女は互いに違うものを求めるからかしら?ピン爆
当時はパンクを聴くのは苦手だった。その一方、イヤでも目に付いたので結局面白がってテレビや音楽誌をつい観たもんだった。”保守体制に逆らう”という意味ではそそられたから。そうかと言って、私は”←”ではないので誤解なきよう。勿論、”→”でもないから!(今夜は、蒸しそう)
ところで、特攻隊服の”→”なのに、パンクしてるバンドをテレビで観た事があって…、解せぬ(ケータイCMの阿部サダヲ風)。まっ、ドーデモいいや、何でも有りなんだろうから・核爆。