ぷーすけがいた頃は…私は、自分の考えだったり悩みだったりを飲み込むことがほとんどなくて、曖昧な心のままに、彼女に話を聞いてもらうことも多くて。
生活においては、彼女はまぁ破綻者だったんだけど、私にとっては楽しいことも苦しいことも共有出来るパートナーだったわけです。
先日、友達と友達のお母さんと過去の話をしていて、過去を思い出して色々考えていました。
たくさんの本を読んで、たくさんの人から話を聞いて、娘を父親不在で産もうと決めて、ろくな父親でないなら、いない方がいいと考えた次第です。でもまぁ、けっこう、これについては未だに賛否両論あって。
でも正解は多分、それぞれの家庭の事情で違うんだと思いますよ。
私は、娘がいつか自分のルーツを知りたがるだろうと覚悟をしていますが、実際には知りたがらない、現状に満足する方もいらっしゃるようです。
父親不在で不自由もなく、幸せなので、父親に会いたいと思ったこともない、と。
けっこうカルチャーショックでしたけど(・.・;)
やっぱり、ケースバイケースなんだろうなって思います。
父親がいて籍も入ってるのに、子ども達から軽蔑されている方もいるし…。子ども達の未だに残る父親への憎しみを見ると、やっぱりいない方がよい父親というのは存在します。残念だけど。
いろんな形があって、私は自分にとって最良を選んできた。
今はもうぷーすけと話し合って、たくさんの選択肢を考えることは出来ないけど。
彼女がいるときと同じように、私は、読んで、聞いて、分岐を考え、整理し、生きています。
時々は…こうやって、ぷーすけに話すようにね。自分の気持ちを整理することも大事だし。
…今考えたら、ぷーすけというパートナーを失った私が、あの頃結婚するのは難しかったんだよなー。
相手は男だからぷーすけとは別の話、と考えた私の浅はかさ。
男だろうが女だろうが、生涯をこの人と過ごすと考えた相手なら、誰にもその代わりは出来ない。少なくとも、同じ意味合いでは。
そして、失った痛みが癒えるまでは。
私は、まだまだだな…。
生涯を一緒に過ごす人。
そういう人に出会いたいな
