きっとたくさんの人が抱えている想いにつながるものもあるかも。

自分だけではない

そう思っていただけたらと、最初はちょっと重い内容ですが書いています。


私がここで伝えたいことは、アトピーっこだし、お洒落きらきら!!で素敵という提案です。

本屋さんでは、

「●●をすれば治る」本や、「アレルギーのための●●」本。

アレルギーに全力で取り組んでいた私には、そのような本よりも気分が前向きになるような本

私のような人もいるのではないでしょうか。



私が結婚したのは、2000年。

結婚と同時に故郷を離れ、遠く見知らぬ土地へ飛行機


そして、結婚と同時に不妊治療


どうしても子どもが欲しかったんです。


研究職の夫は、研究に没頭することが多く、私は孤独でした。

「今回もダメでした」そう言われた帰りに、何度も何度も地下鉄を乗り過ごし、

なぜか家に帰れないショック状態になったことも。

それでも、ひとりで耐えるしかありません。


何十回もの人工授精、不妊治療の薬の副作用に加え、流産

今でも、流産した子のことは忘れません。


故郷の家族や友人たちに心配をかけないように、頼ることはできませんでした。


治療が私の生活のすべてになっていくとき、

「これでダメなら子どものいない人生を考えよう」

そう思いました。

そしてはじめての体外受精で妊娠。それがりせです。

命が生まれ、元気に育っていくことは本当に奇跡キラキラだと学びました。



しかし、

流産を経験された方ならお分かりになるのではないでしょうか。

妊娠しても不安不安不安・・・汗

いつこの命が私の元からなくなってしまうのだろうかと不安でした。


夫は、アトピー性皮膚炎ということもあり、

私は生まれてくる子はアレルギーであることは覚悟していました。

アレルギーを持つ友人が「妊娠8か月から乳・卵を除去してたら子供はツルツルお肌だった」ということ。

私は、8か月より完璧に除去・・・・


評判が良い産婦人科で隠れ中毒症であることも見逃され、

里帰り先の産婦人科で入院。


本当に、ブルーな妊娠生活ですね。


しかし、おなかにいるりせに絵本を読み、話しかけたこと。


まだ生まれていないりせのためにプティ・バトゥでピンクのカーディガンを購入したこと。

それをお守りのように大切にし続けたこと。


そして、私が不妊治療をずっと続け流産をしていることを知っている祖母が

生まれたてのりせと会ったときに流した涙。


沢山の幸せをくれたのもりせはーと


分娩時には、私の血圧低下と心臓の具合が悪くなり、気を失うまでに。

不妊治療の副作用。


りせは私の命を削って生まれてきた、愛しい愛しいわが子です星


私がずっと大切にしているりせのカーディガンショートコート

男の子だと分かっていても、私はピンクを着せたかったラブラブ

新生児用なのですぐに着れなくなりましたが、宝物です。


厚めのフレームを購入し、ドライフラワーと包装紙、英字新聞で飾りつけ。

これ、りせの着てたものよ、と見せると、何度も見たがるりせ。

いつでも見れるように寝室に飾っていますはあと