退院してから、、、
よく頭も体ももっていたなと思うくらい、
忙しい日々を送っていました。
幼稚園の車送迎に保育時間の付き添い。
隔週での治験通院。
各科主治医との面談や検査、
義肢装具士さんや
OTさんとの打ち合わせだなんだで
ほぼ毎週だった通常通院。
そして片腕のない我が子のための
洋服リメイク。
退院後3ヶ月は免疫が低い状態と言われていたので、
その辺も神経ピリピリしてました。
園での集団生活には
感染症がつきものですから。
常に時間に追われ、
次は何?と考えるよりに先に
次の予定がドンドコ覆い被さってくるような
そんな毎日でした。
あの頃、いつどうやってご飯作ったり
食材の買い出しをしてたのか??
その辺がぽっかり抜けてます。
リメイクしやすい洋服を求めて、
ネット検索しまくったり、
あちこちのお店を回りまくったことは
おぼえてるんですが😅
当時は目の前を捌きこなすのに必死。
でもめっちゃ幸せでした。
たぶん、その幸せを実感できる
果てしない喜びが
私の原動力になってました。
忙しかろうが、
寝不足だろうが、
ぶっ倒れそうなくらい疲れてようが。
我が子が家に居てくれて
私の作ったご飯を食べてくれて
笑ってくれて。
夜は一緒に寝ることができる。
こんな幸せなことはありません。
ただ、体はどうしても思うようにならず、
私はこの頃から自律神経失調状態に。
一番ひどかったのが機能性ディスペプシア。
つらかったのは月に一度出てしまう高熱。
他にも喘息など、
持病を抱えるようになりました。
まぁ…頑張っていたなか💧
復帰した幼稚園生活にも慣れてきた頃、
ようやくいつも頭にあったことを
行動に移す余裕が生まれました。
就学の相談。
この時2015年6月でした。
そろそろ動かねばと思いました。
入院中、この子の就学に向けて
病院の教育コーディネーターさんに
無理言ってお願いして、
レクチャーを受けておいたんです。
その方に、
学校側が教員を加配する場合も考えると、
すべての結論を就学前年度10月までに
出さねばならない。
極力早めに学校へ相談に行ってくださいと
言われていました。
他にも、
・私は何を準備しておくべきか。
・学校と相談しなきゃいけないことは何か?
・何を学校に求めるべきか。
・そもそも求めて良い事とそうじゃない事の線引きはどこ?
・公立小学校は我が子のような子供に対し、
どんな対応をして下さるところなのか。
・身体障がいを持つ子供が、
先々の進路でどんな選択肢があるのか。
上記を教えていただきました。
市区町村により制度が異なり、
選択肢も様々です。
私はもう一度当時のノートを読み返し、
満を持して校区の小学校に
我が子について相談に行くことにしました。
※就学についてのお話は、
資料を振り返りつつ、
子供の個人情報や学校の事情などにも
配慮しつつ、どう書いていくか相当に
時間をかけて推敲していくと思います。
限定記事にさせて頂く可能性も高いです。
上記以降の経緯をいつまとめられるか
自分でもわかりませんが、
気長にお待ちくだされば幸いです。
弁解してすみません。
私のブログは次はまだか?まだか?と
待つ程のものじゃないけど、
もしそんな方が
いらっしゃったら?と思うと
弁解せずにいられません💧💧
…ではでは、ここまで読んでくださって
感謝です!ありがとうございました。