〜2015年1月末〜

VAIA療法の休薬期間で
始まった放射線治療。

想像していたより大変でした。
月〜金照射で土日祝日はお休み。
だいたい午後4時頃治療室に赴き、
1時間ちょっとで終了します。

微動だにしてはならないという事で、
MRI等は鎮静無しでいけたウチの子も
薬でガクッと眠らされました。

この鎮静がくせ者でして、
一定時間の禁食がついて回ります。
夕方からの治療は
3時のおやつが対象になり、
子供の「quality of 入院生活」が
一気に下がってしまったんです。

さらに予想外だったのは、
鎮静から目覚めるのが
夜22〜23時頃だったという事。

覚醒が夜遅くなると
当然お夕飯も食いっぱぐれます。
院内コンビニで夕飯の確保はできますが、
食事を始められるのは深夜。

みんな寝てるので静かに静かに
音に気をつけて食べます。
DVDもテレビも見れなくて、
本も読んであげられなくて、
仕方なく目がさえている中での寝かしつけ。
なかなか眠れないのは当然で…。
でも起きてる間は帰れません。
そう子どもと約束していたし、
治療以外でつらい思いを
させたくないというのがありました。

病院宿泊ができない私の帰宅は深夜3時。
さすがの事態に先生が
鎮静剤の量をギリギリまで
減らしてくれましたが、
それでも21時過ぎまで眠ってしまいます。

私もキツかったですが
本人が一番キツいはず。
すごく悲しい顔をしながらも
一言も嫌だと言わない。
胸が痛くなりました。

そんな中の治療4日目。
放射線医師より実際の照射範囲が
少し広がることになったという
説明を受けました。

甲状腺は掠める程度という事だったのが
3分の2強を被爆し、
50Gy照射すると下記の後遺症リスクを
負うという内容でした。
しかもほぼ起きるリスクを。

★甲状腺機能障害
(一生ホルモン剤を飲み続ける)

★甲状腺癌
(甲状腺の摘出と一生ホルモン剤を〜)

しかも既に1回目から
その照射範囲で始まっているという
事実も知らされました。

(睡眠不足でボロボロだった私
この辺が記憶曖昧だったんですが
主人がよく覚えていました)

放射線をやり終えて長期生存できても、
一生薬を飲んで
癌で甲状腺を取る手術を受けて、
さらに身体の右側の成長が遅れて
曲がってしまうと?

どこまでこの子の先の人生に
足かせと苦を背負わさせるのか?私達は。

生存率30%未満の闘いなのに
随分贅沢な事で悩んでるなと自覚しつつ、
完全に治療の意義が分からなくなりました。
手術が大成功し、
私たち夫婦は少しだけ
我が子の未来を考える余裕が
できていたのかもしれません。

そして5日目。

主人と相談の上、
肋骨の変形や甲状腺のことを考慮し
25Gy程度で照射を中止できないかと
主治医に希望を伝えてみました。

放射線科の医師がいる
来週木曜に再度相談してみましょう、とのことでした。

そして1週間の治療を終えて、
親子ともどもクタクタの体で
週末の外泊へ。
私は久々にまともな睡眠をとり
やっと頭がハッキリしました。

自宅で楽しそうな笑顔で
イキイキと過ごす子どもを見て思いました。
病院に戻ったらまた放射線か…。
いや、もうできないよ、
やらせられないよ。
あんなリスクを負わせてまで
受けさせたいという治療じゃない。

私と主人は、
来週病院に戻ったら主治医の先生に
放射線をやめる訳にはいきませんか?と
申し出ることを決めました。