つづき

 

 

 

日本橋は東京駅に近い


 

武蔵野京葉線のホームの距離と似たようなものだ

 

 

丸の内側にも行きたかったが帰りの力が限界なのでスルー

 

 

 

 

 

 

 

 

日本橋に到着

 

再開発のビルは完成したもよう

 

首都高速が地下を走る日は近い

 

 

 

 

 

 

 

日本橋が日本の道の基準点

 

東京から何キロの元標はここが基準

 

自転車乗りには重要な聖地

 

 

 

 

 

 

 

江戸と昭和

 

明治、大正の道もある

 

平成、令和はあるのかな?

 

 

 

 

 

 

向かい側に、ロボットの店があった

 

いずれはアンドロイドの店になりそう

 

まだAIではないので人間のスタッフはいた

 

 

 

 

 

 

 

浅草橋

 

昌平橋と同じく好きな場所

 

なんかいいのだ

 

 

 

 

須賀神社

 

意外と知られてないけど浅草寺と同じくらい古い神社

(600年代)

 

昔は『団子天王社』と呼ばれていたが明治時代に改称された

 

 

 

 

 

 

この日一番クリスマスぽいのがバンダイ

 

赤と白の衣装がそれらしかった

 

コカ・コーラにも見えるけど・・・

 

 

 

 

 

 

 

浅草寺

 

相変わらずだけど若干人が減ったような

 

TV報道もやっていました

 

 

 

 

 

 

 

この日は冬至の次の日

 

日がこれからだんだん長くなってゆく

 

ある意味ほんとうの一年のはじまり

 

 

 

 

 

 

 

四つ木橋・新中川橋・葛飾橋と

 

この日はいくつの橋を渡っただろうか

 

約80kのロングRIDE

 

なんとか無事に完走できました

 

 

 

50代最後の年の最後の走り

 

だいたいいつものコースだけど

 

まだまだ見落としているものはあるのかも

 

新しいのも増えている、そして改装もしている

 

 

では、また来年

 

 

 

 

 

 

 

上本郷にある時宗の本福寺は

 

元お城があった跡地に建てられた寺といわれる

 

本福寺自体は千駄堀から移転してきた鎌倉時代の寺で

 

お城の情報はほとんどない状況

 

「花台」という小字名が残る

 

 

でもここを中心に神社仏閣や館が配置されていたもよう

 

高台で石垣があったり井戸があるとリアル感はある

 

周辺には明治時代にに廃寺になったのもあり

 

荘園制度時代の風早庄の中心地だった感が残っている

 

 

 

風早神社へ

 

元々は平将門の子孫の千葉一族の「館」があったたされる地

 

本福寺の東南の位置にある

 

昔のお城というのは「砦」みたいなもので

 

戦のないときは館に住むのが日常

 

 

 

 

荘園の役所みたいのもかねていたのかも分からないが

 

風早郷の中心地の「上本郷」という意味とのこと

 

「惣台」の小字名が残っている

 

荘園制度が終わって寺や神社に替えられたと考察する

 

 

 

 

明治神社へ

 

明治神宮ではない明治神社

 

元々は「妙見神社」が祭られていて明治時代に改名

 

本福寺の北東に位地する

 

 

古くは縄文遺跡がある事から上本郷の高台の重要性が分かる

 

蘇羽鷹神社も遺跡の上にあることから

 

先住民との争いも考察される

 

 

この周辺は明治の神仏分離でかなり叩かれたもよう

 

幕末に吉田松陰が逃げ込んできたのと関連があるのか?

 

情報がない

 

 

 

 

北松戸駅へつづく道へ

 

 

 

 

廃寺の跡地

 

「阿弥陀堂トルコ万貫」の伝説がある

 

ここまで本福寺系の敷地だったとすると

 

高台一帯も上本郷城だったと考察される

 

いちゃもんをつけられ明治政府に搾取されてしまったのか

 

黄金伝説はいかに

 

(近所には「二ッ井戸」もあった)

 

 

 

 

北の

 

安房須神社へ

 

 

高台の尾根道を進むと

 

上本郷ではなく中根になるのだが

 

「中根城」と「妙見神社」もあった地

 

平家の千葉一族の高城氏の「出城」あったと言われ

 

「城之越」や「要替」の小字名が残る

 

「とのやま公園」は城をイメージさせる

 

 

しかし、なぜか安房国の名の神社なのか?

 

豊臣によって天下統一され北条傘下のここの城は廃城となり

 

家臣たちは帰農してこの地「新作」に定住したとのことだが

 

神社の名に違和感を覚える

 

里見氏の領土になったのか?なぞなネーミング?

 

 

神社は一寸法師のモデルといわれる「少彦名命」が祭られている

 

 

ここの神社の見どころは狛犬

 

左右両方に子獅子が構えられているのが特徴

 

安産・子育て・学問のご利益があるとのこと

 

子孫繁栄の思いが伝わる

 

 

下総国の小金領の全盛期は室町時代まで

 

(中根寺は馬橋に移転し、広照寺は残る)

 

 

 

 

 

 

真逆の方向の南

 

春日神社へ

 

 

 

小高い丘の上にあり寺と隣接する

 

神仏分離前は「妙見神社」でした

 

神紋の九曜紋は平家の家紋

 

室町時代、曾谷城(市川市曽屋)が落城し、老臣芹澤忠右衛門(花島氏)は曾谷妙見を背負ってこの地に逃れて来ます。この御神体を曾谷に向けて祀ったのが当時の「妙見社」の発祥とされています。この花島氏は小金城主高城氏の家臣、花島勘解由に繋がる家系と考えられています。また、地名の「花島」もこれに由来するものと伝えられています。

 

本福寺の南に位置する

 

本福寺は「花台」にあるので「南花島」なのではと考察する

 

「餓鬼塚」という小字名も気になる

 

 

西側の「根本城」の鬼門除けと関連があるのかは不明だが

 

風早神社が北東(鬼門)にあると上本郷の方に属しているようにも思える

 

もしくは北にある「栄松寺」と関連がありそう

 

栄松寺は元は小根本にあって今の地に移転した

 

こここそポツンと島のような地形で「城」があったように思える

 

 

改宗して臨済宗になったのは

 

馬橋の萬満寺と同じで「花嶋山長福寺」となったのだが

 

江戸時代に「栄松寺」に改名した経緯

 

 

その地の元が何だったのかは不明

 

「法達坊」という小字に関係はありそう

 

古い方の歴史情報はないのが残念

 

 

 

 

最後に、この寺と神社がライン上に配置されているのが大好き

 

偶然なのか意図的なのかが面白いところ

 

風水が意識されていると思う


さらに北へ行くと萬満寺・小金城・本土寺・諏訪神社とつながる

 

 

これぞポーラスター(北極星)へのレイライン

 

 

 

 

 

 

天気は曇りがちですが

 

走りやすい気候です

 

今回は墨田区の方へ

 

 

 

 

水元公園

 

ハスのレンコンはこの後どうなるか気になる

 

 

掲示板の黄色はヒヨコじゃなかった

 

意図的だろうか

 

 

 

 

 

 

どのルートで行こうが

 

河を超える橋の本数は限定されている

 

中川と荒川を超える

 

 

 

 

 

向島の商店街

 

ハロウィンムードが漂う

 

西洋風じゃないのがいい

 

 

 

 

 

 

 

墨田区と言ったら王貞治

 

世界のホームラン王

 

ゆかりの少年野球場

 

 

巨人の星で飛雄馬と王さんが対決したのは墨田公園

 

飛雄馬が大リーグ養成ギブスをはずし王さんに挑む

 

王さんがバントをしてキャッチャーのケガを気遣ったのは

 

王さんのファインプレー

 

今でも覚えているエピソード

 

 

 

 

 

 

この辺りから向島花街のエリアとなり料亭が並ぶ

 

昔は須崎町というのがあり江東区の洲崎へ名を変え移転

 

「蟻の町のマリア」はこの辺がモデルともいわれる

 

 

 

 

三囲神社(みめぐり)に到着

 

 

 

三越の三井家と関連がある神社だが歴史は古く

 

空海が建てたとされる(平安初期)

 

 

本題は「鳥居」

 

見落としていた鳥居があったのでした

 

 

 

この「三角石鳥居」は珍しく

 

都市伝説界隈ではユダヤ教と関係しているのではといわれている

 

 

単純に、「三つ」と「井戸」であるから「三井」といい

 

「3」にこだわっているのもこの神社の特徴でもある

 

 

 

 

今回のメインはこちら

 

 

「笠木のない鳥居」

 

震災で倒れてしまったのかと思っていたけど

 

こういうデザインらしい

 

 

 

 

慶応だから幕末ごろの創建

 

6角形に四角の台座

 

鳥居マニアは台座も大事らしい

 

(六は亀甲であり六芒星でもある)

 

 

ユダヤの神殿の入り口に2本の柱が立っているという

 

日本だって諏訪大社は4本の柱を立てる

 

なんか共通点があるのか

 

 

 

 

 

脇には白狐神社と稲荷神社がある

 

そもそもは「田中稲荷」から始まり

 

隅田川の方が入り口だったもよう

 

 

明治維新で神仏分離

 

神仏習合時代に空海が絡んでいるが

 

稲荷神社系は「秦氏」が創ったとされている

 

 

彼らがイスラエルの失われた10支族の末裔といわれる

 

しかし歴史の教科書には登場しない

 

なぞだ

 

 

 

 

この「INRI」の4文字が

 

「イナリ」と読めないこともない

 

「IESVS NAZARENVS REX IVDAEORVM」の頭文字の略で

 

「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」という意味

 

 

この話と伊勢神宮の天照大神がリンクするのだが

 

ピンとくる人はピンとくる

 

三井家は伊勢の松坂の出身

 

 

イエスとイセが似てるのは強引な気もする・・・

 

 

 

 

他には七福神の

 

恵比寿様と大黒様が祭られている

 

恵比寿天だけが唯一日本の神で他は外来の神とされる

 

 

 

 

こう見ると有名僧侶が創建に2人絡んでいて

 

「延命寺」もあったので

 

神仏習合色ぽさは残っている雰囲気

 

でも洪水とかで流された過去もあるので

 

昔のままではない

 

 

 

 

てな感じで

 

お隣の牛嶋神社へ

 

 

三つ鳥居は

 

奈良の大神神社が有名で都内でも希少な鳥居

 

 

「素戔嗚命」が祭られています

 

素戔嗚は祇園精舎(八坂神社)の牛頭天王と同一視されるので牛かと思いきや

 

もともとこの辺りが牛の牧場だったから命名されたとか

 

 

 

実は現在の場所より北の

 

三囲神社の上のあたりにあり

 

「牛御前社」とも呼ばれていたのだ

 

(「金の子牛」との関連はいかに)

 

 

関東大震災後にこちらに移転し、明治になって「牛嶋神社」と改名

 

創建は860年で最勝寺の別当とされる

 

源頼朝もここで祈願して平家を倒したと言い伝えがある

 

 

 

 

 

 

墨田川を越える

 

 

 

 

浅草寺を通りすがる

 

ここも源頼朝のなれそめがある

 

鶴岡八幡宮の参道は浅草寺に向かっているという

 

 

 

通過

 

 

 

矢先稲荷神社

 

ここに「三十三間堂」があったのがびっくり

 

京都以外にもあったとは

 

 

 

 

 

移動

 

 

 

鳥越神社

 

651年創建で日本武尊を祭り白鳥神社ともよばれた

 

将門の伝説のある神社でも有名

 

 

 

 

 

狛犬の頭が尖っているタイプ

 

一説ではユニコーンともいわれ

 

ライオンとユニコーンの組み合わせ

 

ライオンはイングランド王家、ユニコーンはスコットランド王家をそれぞれ象徴し、イギリス公式の国章に使用されている

 

 

ちなみに三越のライオンはロンドンの トラファルガー広場にあるライオン像をモデルにしているという

 

 

 

また狛犬と唐獅子の違いは

 

右に口を開けた「獅子」、左に口を閉じて角がある「狛犬」

 

とのこと

 

 

 

 

浅草へ

 

 

 

さすが浅草は観光地で外人でいっぱい

 

沢山消費し日本の株価も上昇し過去最高に

 

外人天国日本

 

 

 

 

一方でサイバー攻撃を食らい地獄を見た企業も

 

本業以外でのトラブルは避けたいものだけど

 

日本はスパイ天国でもあるのかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てな感じのポタリングでした

 

では