私たちが見つけ出した答え
こないだ、今までの最大級のヒドイ言葉たちをあびたあと、
私は色んなことを考えました。
「お前さえいなきゃ全て丸く収まる」
「自分がいい親だなんて思うな」
などの沢山の、言葉をもらったあとに、
要するに私がいなかったら、子供達も主人も今まで通りの暮らしが出来る。ということを考えたら、何もかも無くしたら、私は一人で生きてる価値あるのかな?と一瞬考えてしまい、消えたくなったわけですが。。。
母の顔思い浮かべたら、そんなことは考えちゃいけないって思いました。一瞬でもそんな考えしてしまった自分を恥てます。
昨日は、主人の誕生日だったので、
色んなことを忘れて子供達が「ダディーにケーキ作ってあげたい!」というリクエストをうけ、
一緒に手伝って、朝からケーキを作り、
ここ数ヶ月の中で一番、穏やかな一日を過ごした。
そういう優しい子供達に育って、本当に嬉しい。
今まで感じなかったほど、子供達が人を思いやる心を持ってる事を感謝した。
そして夜は主人は友達とみんなで飲みに出かけた。
今日の朝、主人は仕事に出かけておらず、
「俺も、さすがにもう認めたよ。俺たちは離婚するって。」
という話になった。
今までは、散々酷いことを言った後、
「俺たちはもう一緒にいられないな!」と締めくくりながらも、
次の日には、もうそんなことなかったかのように振舞っていて、私は毎日戸惑っていました。
彼が何を考えてるのかが分からない。
私が今まで、自分の思った不満を言い出せなかったのは、
私は誰かを怒らせる事にトラウマがあるからなのだと思う。小さい時の父の記憶、それから小学校のイジメの記憶。
自分の言ったことで、誰かが狂ったように怒り出す。。。。
その事に、異常に怯えてる自分がいる。
数ヶ月前、、なんとか子供達のために二人の仲が修復出来れば、と正直な気持ちを勇気出して告げたつもりが、面白いほど自分が恐れてた方にしかいかない。
主人は、自分に牙をむける者を許さない。
その相手が頭をあげられないほどねじ伏せないと気が済まない。
私は話し合いのたびに、ただただ
やっぱりこの人とは一緒にいられない。という気持ちだけを強くしていくだけだった。
私が。。。本当に誰かと歩む中で、絶対に行きたくない方にしかいかない。私の我慢無しには、この結婚生活は成り立たない。その我慢が、もう出来ない。。自分を責めるべきなのかという気持ちもまだしてます。
子供達が可愛いなら、我慢しろって以前コメントでも何人かの方にいただきました。
お前が結婚決めたんだろう?
我慢しろ!
お前のせいだ!!
そういうご意見もいただきました。
ごもっともだと思います。
それができない私は、
やっぱり良い親とは言えません。
でも、母にいただいた大切な命も捨てるわけにはいきません。
自分なりに今まで精一杯頑張ってきたつもりです。そして、この結婚を後悔してるわけでも主人を恨んでるわけでもありません。
むしろ沢山の学びをくれたこと、そして私が本当の意味で無償に愛することのできる子供達という存在に出会えたことは紛れもなく、彼なしじゃ実現しなかったこと。私は辛抱や忍耐にも自信がなかったけれど、この結婚生活で色々な面で人間的に成長した。知らない世界を沢山教えていただいた。国をまたいで人々と出会うことも文化を知ることもできた。
自分の一生を彩る沢山の要素をいただいた。
大きな意味のある時間でした。
私の人生に確実に必要な時間だったと思う。
何一つ無駄なことはなかった。
これから別々の道にすすむその道でも、
子供達は私たちの間に、いつも存在する以上、
決して切れることのない縁なのだろうけど。
