独身時代全く家事をしなかったけど
最近、夜中に台所で片付けをしている時に、ふと、子供の頃目にしていた母の背中を思い出すことがあります。
私は、手伝いなんてほとんどしない
典型的な甘えっ子の二番目っ子でした。
大人になってからも、好きなことばかりしていて、家では電池が切れたかのようにグウタラし、手伝うどころか、自分の部屋の片付けすら出来ないような子でした。
たまに母は私の将来を心配して、
料理や洗濯をしながら
「教えてあげるからこっちおいで。」
と声をかけてきましたが、
ヤダ。。。
と断るようなふてぶてしい子供でした。
けれど、その母が心配した将来の自分に今、私はなっていて、おそらくですが主婦として家事育児は問題なく出来ているのです。
なんでかなあ?と思った時、
私はふと母が忙しそうにせっせと働く姿はクッキリと記憶にあり、それを見て育ったからなんだろう。。と思うのです。
家計を助けるために仕事にも出ていた母が、全く家事をしない父と手伝いをしない娘を当てにせず、帰ってからもせっせと動く姿。。。私と一緒に寝落ちしても、ふと夜中に目が覚めると、眠い目をこすりながら台所で片付けをしたり、洗濯物を畳んだりする母がいて、覗いてる私に気がつくと笑顔で優しくベットに一緒に行って寝かしつけてくれた。
とにかく家族のためにも他人のためにもよく文句も言わず働く人でした。
でも決して押し付けがましくなく、恩もきせない、穏やかな人でした。
そんな母の背中を毎日見て育った。
母親ってこういうものっていう観念は、
必ず自分の母親からしか見出せないものなんじゃないかな?と思う。
良くも悪くも、自分の母親から程遠い人物には「母親として」という面では、
そうなれるものではない気がします。
※もちろん、私は母よりずっとできない人間で程遠いんですけどもね?「母親とは?」という観念は実母から切り離せないってことね。笑
よく、「父親に似たタイプと結婚する」とかも言いますが、それも「男性とはこういう生き物」という初めて目にする異性の手本が大概、父親になり、それも男性に求める要素が決まってしまうということからではないか?と思います。
まるで家事をしなかった私が、主婦できてる。母できてる。
それは立派な母に育てていただいたから。。。ということに過ぎないな。
そうしみじみ思います。
自分の努力じゃない、母の手柄だ。
ありがとう。。。
