
ゆるママの育休復帰ログ🍓🍑
3歳(いちご)と1歳(もも)の姉妹ママ。
不妊治療や流産を経て出会えた子どもたちとの毎日を綴っています。
保育園、ワンオペ育児、仕事復帰などリアルな日常を更新中🌷
気軽に読者登録してもらえたら嬉しいです☺️
最初から読むには👇
私は授乳のせいで、
待ちに待った我が子に会えたはずなのに、
苦しい数ヶ月を過ごしました。
いつも元気だけが取り柄だった私が、
私じゃなくなってしまった。
入院中は助産師さんがいてくれる安心感があったから、
どうにか耐えられていたんだと思う。
産後3日目。
私の母乳は、ほとんど出ていなかった。
何となく、助産師さんたちが
私を少し手厚くフォローしてくれていることに気付き始めていた。
廊下には赤ちゃん用の体重計があって、
授乳前に体重を測り、
授乳後にもう一度測る。
その差で、
どれくらい母乳を飲めたかを確認する。
私の部屋は、
廊下に出てすぐ体重計がある部屋だった。
他のママたちが赤ちゃんを抱いて、
次々と体重を測りに来る。
「みんな母乳が出てるんだ…」
そう思うと、
少しずつ胸が苦しくなってきた。
助産師さんは、
いろいろな保護器や授乳の方法を教えてくれた。
赤ちゃんは小さくても吸う力は強い。
浅く吸われたり、角度が悪かったりすると、
乳首はどんどん切れていく。
そんなこと、
産むまで知らなかった。
いろいろサポートしてもらい、
直接おっぱいを数秒だけ吸えたり、
保護器なら少し飲めているような気がしたり。
そんな毎日だった。
でも私の母乳はほとんど出ていない。
数日経つと、痛みはどんどん強くなる。
授乳の時間が怖くなっていった。
母乳を増やすには、
赤ちゃんにたくさん吸ってもらうしか方法はない。
吸われることで、
「母乳を作らなきゃ。」と体が反応して、
少しずつ母乳が増えていく。
でも私の場合は、ほとんど吸えていない。
だから体も、
母乳を作ろうとしてくれない。
痛いからと諦めたら、
母乳育児は終わってしまう。
私は勝手に、
母乳は自然に出るものだと思っていた。
現実とのギャップが苦しくて、
「こんなはずじゃなかった。」
その気持ちばかりが大きくなっていった。
当時は、
「産後100日で母乳の量は決まる。」
そんな言葉ばかりが頭に残っていた。
今やめたら終わってしまう。
そんな恐怖に追い詰められていた。
赤ちゃんに母乳をあげる。
たったそれだけのことができない。
その事実だけで、
私は母親失格なんじゃないか。
そんな気持ちになっていった。



