先週の昼頃、病院の窓口に、

「入院相談があるのですが・・・」

と、私の父と同じぐらいの年齢の男性が見えられました。


話を聞いてみるとその方は、今春、退職をされたばかり(60歳の方です)で、別の病院に入院中の娘さんの転院先を探しているようです。


とりあえず、面談室で話を聞くことにしたのですが、娘さんの生い立ちから何から話すので、最初の30分は、娘さんの病名・容態・転院希望する目的がさっぱりわかりませんでした。

このままでは、要点がつかめないまま数時間拘束されるんじゃないか!?とも思ったし、こちらから、

「よかったら、今回、どのようなお考えで当院へ来られたのか、お聞かせいただけないでしょうかはてなマーク

と切り出そうとも思ったけど、なんか、そういうことを切り出せる雰囲気ではなかったので、辛抱強く聞き続けるしかありませんでしたガーン


この娘さんは、結婚し、県外へ行ったのですが、そこで夫からDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けていたそうです。実家に帰省し、1回倒れて救急車で搬送されたときに、病院側から「DVを受けているようだ」とご両親は聞かされたそうです。

その後、娘さんは夫の元に戻りましたが、半年後、同じように実家に帰省し、倒れて意識不明に陥って救急車で搬送されたときには、極度の低栄養状態(←この辺りの病状については詳しく聞かせてもらえませんでした)で、脳に障害も出て、この後、一時は寝たきりで経口摂取もできなくなり、胃ろうまで作られたことがあるそうです。


それから3年後経ち、現在は、車椅子生活(車椅子の移乗はできない)・経口摂取は可能だが、意思疎通は困難(簡単な指示は通るけど、会話らしい会話はできない・・・)という状態になり、また、離婚も成立していないせいで(住所が佐賀にないため)、障害年金・身障手帳も取得できないという状況になっているそうですガーン


このお父さんとしては、若い娘が重い障害を負ったこと、しかも治る見込みがないことをまだ認められないようで、回復期病院を探しているとのことでした。

(私の勤務する病院には、回復期リハビリ病棟があります)

でも、発症から3年経過しているので、回復期病院の対象にならず、むしろ、障害者施設の対象になると思います。


MSWが受けた入院相談は、要点を整理して、看護部長(総婦長)に報告し、さらに看護部長がふるいにかけて、Dr.に転院を引き受けることができるか相談します。

このケースでは、やはり、回復期病院の対象にならないので、看護部長から断るように言われました・・・


次の日、このお父さんへ電話を入れ、発症から3年経過しているので、回復期病棟の対象ではないし、その代わり、近くの障害者施設を紹介しようとしたら、

「それは、障害が固定した人が行くところでしょ!?うちの娘はまだリハビリをしないといけないから、病院を探しているのに、どういうことですかむかっ!!

とブチ切れられ、電話口で延々と怒鳴って来られ、私は泣きそうでしたショック!

たまたま、私のそばを看護部長が通りかかられたので、看護部長から説明をして頂き、その場は納まったのですが、私は怖かったです叫び


この娘さん、スクールカウンセラーを目指して臨床心理士になるために、大学院にまで行かれたそうです。卒業と同時に、大学教員だった夫と結婚し、いよいよ夢見ていた仕事に就けると思っていた矢先に、夫からのDVでこのようになってしまった、この娘さんの今までがんばってきたことって何だったのだろうかはてなマークという無念さがひしひしと感じられました。


私はこの娘さんのように、重篤な障害があるわけではない、でも、私の父も、私が北大で二度と理系職には就けないと判明したとき、同じようなことを感じたのかもしれません・・・私もこの娘さんと同じようにがんばってきたけど、報われてないですし(苦笑) たぶん、全く努力をしていない人の方が幸せな生活を送っていると思う。


この無念さって、どこにどう向ければよいのだろう・・・はてなマーク

このお父さん(ご両親)、私に教えてくださいm(_ _)m