「ごちそうさま。おいしかったよ。」
水が飲みたい。とにかく、口の中をリセットしたい。
すべてを飲み込み、ちょうど席を立とうとしたとき玄関の鍵の開く音がした。
傍らにいた女は、食器を持って小走りにキッチンへ向かっていく。
「おお、帰ったぞ。」
「ああ、お帰り。父さん、ご飯は?」
「帰りに、親方と飲んできた。駅前のどんちゃんだ。」
「そう。」
やっぱりな。大人は、そうやって理由を探して逃げることができる。
探してなければ、つくればいいのだ。
その結果はどうなんだ?
逃げ場のない子どもが被るんだ。
おやじが風呂場に消えるとすぐ、女が変わりに近づいてくる。
確認したいことはわかっているんだ。
「父さん、ご飯食べて来たって。どんちゃんで親方さんと。」
そういって、顔に一瞬目をやると口元がわなわなと震えはじめたところだった。
「そう、好江さんのところへいったのね。」
そう話す声に怒りのエネルギーが抑えきれず溢れ出てきている。
賀沢好江さん。居酒屋「どんちゃん」のおかみさん。なかなかの美人だが今だ独身。
さばさばした性格で、おの女とは正反対。
おやじの幼なじみだ。昔はおやじも好江さんもかなりのワルだったらしい。
リーゼントに深い剃り込み。
サングラスをかけて、鉄パイプをしょった写真が古いアルバムに収まっていた。
ちなみに、好江さんもアフロヘアかと勘違いするほどの大きな頭で一緒に写っていたりする。
二人が、「てっちゃん」「好江ちゃん」と呼び合うのが、この女には面白くない。
二人の仲を疑っているからだ。
でも、好江さんがいなければ俺らは、とっくの昔に体を壊して死んでいる。
いや、餓死している。
そんな気遣いも素直に受け取れない。
昔は、もっと違っていたのに。