私は9年前に不安障害がひどくなり、パニック発作も度々起こし一歩も外に出ることができなくなってしまった。
まだギリギリ外に出られたとき、自分を治してくれるところを探しO先生と出会った。
そこから前に書いたように家に引きこもったりしばらく実家に帰って過ごしたりと紆余曲折あったのち、私はO先生のところでスタッフとして働くことになった。
そのクリニックはホメオパシーや漢方やあと何って言っていいのか分んなくて表現がむずかしいけど色んな治療を取り入れいてた。
シンギングボウルを使うこともあったし、治療器を使うこともある。
その人をできるだけ正常なエネルギーに戻すという感じかな。
じゃあ正常って何かって言うと、たぶんその人がその人らしく生きることなんだと思う。
クリニックに来る人は女性が圧倒的に多かった。
男性もくるけど、女性の方が身体に敏感で自分とズレたとき違和感を感じやすいのかもしれない。
どこにいっても心身の不調が良くならずにいろいろな病院を渡り歩いて最終的にたどり着くという人も多く、私はその人達の気持ちがいたいほど理解できた。
クリニックに来る女性の患者さん達の中で、最初の診療の時だんなさんと一緒に来るという人がたまにいた。
大抵旦那さんは、普通の診療と違う波動治療みたいなものを信用していない、いぶかしんでいる。
金額も自由診療なので高い。そこはどうなのか、あやしくないのか?と思って説明を聞きにやってくる。
クリニックは土曜日もやっているけど、土曜日は混むので平日にしか予約がとれない場合も多く、そういうとき旦那さんは会社を休んだり仕事を調整して来たりする人も多かった。
タイプとしては会社の中間管理職みたいな感じの人が多かった気がする。
分らないことととか金額のこととか曖昧にせず、色々質問してくる。
ある日、初診の患者さんで旦那さんが一緒に来て説明を聞いて帰っていったとき、
O先生が、
ああいう奥さんと一緒に来る旦那さんて優しいと思う、と言ったのだ。
私は驚いた、そんな目で見たことなかったからだ。だって疑ってどんなものかと説明を聞きに来ている人達だから。
ときには尋問みたいな雰囲気の人もいたし。
続けてO先生は言った。
そもそも人の気持ちに寄り添ったり理解しようとしない人は、まず一緒にこない。
そんなとこダメだ、で終わらす。
自分が信じてなくとも相手が通いたいっていったらまずは話聞こうとこうやって一緒にくるんだから、そういう人って優しいと思う、そして話したら分ってくれる、そうだと思うよ、と。
確かにそうだ、一緒に来ただんなさん達は最初疑っていても、説明を聞くと納得して自分はどうか分らないけど、奥さんがここに来て楽になるんだったらいいです、と言う人ばかりだった。
こんなとこだめだ、あやしいと怒ったり一方的に言ってきたりする人は見たことなかった。
(もちろん事情によって途中でこなくなる場合もある、あとは途中から旦那さんも通いだしたりするケースもある)
私はそれまで旦那さん達のことを、一緒に来た疑い深い人という目で捉えていた。
でもそもそも奥さんに寄り添う気持ちがない人は、自分がダメだと思うからだめ、そんなとこあやしいで終わらせて、会社を休んで一緒に聞きに来たりしないのだ。
カプセルに入って夫婦のやりとりを聞いていた私はそのことを思い出した。
あの旦那さんは、疑心暗鬼ながらも奥さんがここに通いたいと言ったから、一緒に説明を聞きにきたのだ。
そして前に似たような施設でいやな目にあっている。自分はこういう治療を信じているわけではない、とも言っていた。
イヤな目に合っていて自分だったら受けないと思っている治療を、大切な人が受けたいと希望したら自分だったらどうするか、受けないで欲しい、と思ってしまいそうな気がする。
でもあの旦那さんは、話を聞いて最終的に奥さんがここに来て気が楽になるならよい、と納得して帰っていったのだ。
たぶん、優しいし理性的な判断もできる人なんだろう。
最初に怒っていたのは、大切な人が怪しいところ(前に通っていたという施設)に通い時間を無駄にするのを許してしまった…という自分への怒りだと思う、あと焦りもあるだろうし。
と私はカプセルの中で思い直した。
そして、こんなものの見方はO先生のところで働かなかったら分らなかっただろうと感じた。
私は人生を無駄にしたとそのせいで手に入れられなかったもののことがずっと心のどこかにあった。
でももし、なんの障害もなく別の人生を生きていたとしたら。
もしかしたら。
なんであの人はああなのか、こうなのか?理解できない!と自分に理解できない人のことを批判して狭い視野で窮屈に生きていたかもしれない。
その方がゾッとするのだ。
あの旦那さんの優しさの方には気づかなかったかもしれない。
本当にその人生が良かったのか、私は本当に人生を無駄にしていたのか、それとも違うものを手に入れたのか…
心身の不調はとても辛いことだったけど、そのおかげで私は別のものを手に入れられたのかもしれない。