私が越智先生に聞きたかったことは、やっぱりなんといっても陰陽師時代のことだ。

 

大分前にも書いたけど、前回セッションを受けた際に私は平安時代に陰陽師で、その時代主人は奥さんで私の仕事を献身的に支えてくれている、私は人々の病を治していてぼーっとした見た目に反してなかなか腕が良かった、人々が私の治療を受けるために列をなして待っている、というようなことを言われた。

 

そのときの話↓

 

 

え?は?とそのとき私は思った。

陰陽師っていう役職があったのは知っていたけど、そんなものが本当に活躍していたとは思っていなかったし、小説や映画なんかで描かれる姿は後世の人の創作だと思っていたから。

 

それに一番引っかかったのは、陰陽師時代の私は人々の病を治療していてなかなか腕が良かったという点だ。

 

私は20代前半に難病にかかり、それからいろんな治療を渡り歩いた。

お金も時間も大分費やした。

 

なかなかこれで難病がすべて治る、というようなものには巡り会えなかったけれど、最初西洋医学だけ受けていたのが、これでは症状が出るたびに薬で押さえてまた別の症状が出てそれも薬で抑えてと、だんだん体が弱くなっていっているし薬剤の影響というものも感じるようになってきた。

 

そこから東洋医学と言われるもの、漢方、鍼灸、整体、ヨガ、気功、等々あとは西洋的なものでホリスティックなものだとホメオパシーやレイキヒーリングなど本当にいろんなものを試した。

 

西洋医学の治療だけ受けていた頃よりは体の負担が楽になったし、この頃から、

あれ?これって結局のところ、ずっと奥まで行くとすべては繋がっているのでは?

枝葉が違うだけで、ぶっちゃけ、みんな同じところを目指しているのでは?と思うようになった。

 

まあそんな訳でいろんな治療を巡ったおかげで気づきもたくさんあったのだけど、私はある思いを強くしていった。

 

それは

私は施術する側には回れない、ということだ。

 

そういった治療を受けて楽になったと感じる一方で、施術する側の方も気になった。

 

もし自分が治療する立場だったら、自分の采配で、自分の考えで、相手側の心身の状態が左右される、と思うと空恐ろしいような耐えられないような気持ちになった。

 

 

だからそんな自分が陰陽師で人々の病を治していた、それも結構腕が良かった、人が列をなして私の治療を受けるのを待っていた、というのは到底信じられることではなかった。

 

 

自分だったら無理だ、もし自分の判断の間違えで相手の症状が悪化したりしたら…

逃げたくなりそう、私は自分が施術を受けるたびにその思いを強くしていった。

 

 

そう感じていることを越智先生に告げた。

 

越智先生はちょっと言葉に詰まったように見えたけど、静かに

そう、そのとき治療がうまくいかなくて逃げたの、だからその意識が強く残っているのよ、と私にそう告げた。

 

そう越智先生に言われた瞬間、そのときのことが脳裏にぶわっと浮かんで、それがあまりに恐ろしくて私はとりあえず何も見なかったことにした。

 

もうとにかくひたすら怖かった。胃が震えて気が狂いそうだった。

人間て、自分の許容範囲を超えたものって受け入れられないんだなと思う。

 

そして一瞬陰陽師時代の過去生が見えたことは、誰にも言わなかった。何年も黙っていた。

 

まあその後、私はこの過去生の続きをやり遂げることになったんだけど。

それをやり遂げたときに、初めて自分が陰陽師時代の続きをしていたことを知った。

自分でも陰陽師時代の過去生の続きが見えたとき、

 

あれは…

あれは本当のことだったんだ…

ただ病気になったと思っていた…だけどもっと奥の私はすべて知っていたんだ…

 

という、なんていうか言葉にならない思いだった。万感の思いとでもいうか。

 

私の魂はなんとしてでも今回の人生でこの続きをやり遂げ解放しないと、と思ったんだろう。次の人生に持ち込みたくないから。

表面の自分には信じられない方向に人生の舵を切ったのだ。

だからこそ肉体の病気も患ったし、深い精神の病も経験した。

すべてを糧にするために。

病は辛いものだったけど、出会いも気づきもたくさんあった。

 

そのことを越智先生に伝えたかったし、私が見えた陰陽師時代のことが本当なのかそれを確認したかった。

 

それに私はどうしても確認したかったことがもう一つあった。