少し前のブログでちょっと名前の出ました、

ジョン・ローン

私、昔、ファンクラブに入っていたんです。



ラブ  あ~、男前!

いっかいだけ、試写会で御本人に会ったもんね。おねがい


この、ジョン・ローンを一躍有名にしたのが、彼が主演した有名な映画「ラストエンペラー」です。
(イヤーオブザドラゴンでも好演でした。)

1987年公開、ベルナルド・ベルトルッチ監督の伊・中・英 合作の歴史映画。



ジョン・ローンが演じるのは、この物語の中心人物、清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀です。

この映画は、この愛新覚羅溥儀の波乱の生涯を描いたものでした。

大筋は史実にほぼ忠実に描かれていると思いますが、細部は解釈を変えているところもあります。



ご本人。
(1906年2月7日-1967年10月17日)






1912年、「辛亥革命」によって250年以上続いた清朝が滅亡。溥儀は皇帝の座を追われたが、革命後もしばらくは中華民国政府に紫禁城での暮らしが認められた。

ところが1924年11月に事態は一変する。軍事クーデターの影響で、住み慣れた宮殿から退去を命じられてしまった。

溥儀は、家庭教師だったイギリス人レジナルド・ジョンストンを通じてイギリスとオランダに保護を求めた。ところが、革命後の不安定な中国への内政干渉を忌避した両国は、この要請を拒否した。

この時に溥儀を受けいれたのが、北京の日本公使館だった。


1931年9月18日、「満州事変」が勃発。溥儀の人生は、ここでまた大きく転換する。

日本の関東軍は、瞬く間に中国東北部を占領。この地を中国本土から切り離し、新たな国家を建設しようと目論んだ。

関東軍が新国家の元首として迎えようと白羽の矢を立てたのが、清朝最後の皇帝・溥儀だった。満州の地は、清朝の発祥の地でもあった。

満州事変勃発から約2カ月後、日本側から奉天特務機関長の土肥原賢二・陸軍大佐が溥儀のもとを訪れ、満州へと誘った。


溥儀は清朝再興のために関東軍を利用しようと考え、また関東軍は大陸進出のために溥儀を利用しようと考えた。

こうして、清朝再興を夢見た溥儀は「玉座」を約束されて満州へと渡った。ところが、その実態は関東軍の傀儡だった。


1932年3月1日、中国東北部に「五族協和」「王道楽土」をスローガンとする「満州国」が建国され、溥儀は国家元首の「執政」に就任した。

1934年3月、溥儀は関東軍との約束通り、満州国の「皇帝」となった。この時すでに清朝滅亡から22年が経っていた。


満州国は、日本の敗戦とともに崩壊の道を辿る。

1945年8月9日、ソ連が「日ソ中立条約」を反故し、対日参戦。関東軍の主力はすでに満州にはなく、圧倒的なソ連軍の侵攻の前に、満州国はなす術がなかった。


8月10日、関東軍は満州国政府の移転を勧告。溥儀たちはソ連軍から逃れるため、首都の新京(現:長春)を放棄し、南に向かった。

8月13日、溥儀の一行は朝鮮との国境にある小さな村、大栗子(だいりっし)に到着。ここが満州国臨時政府の首都となった。そして、満州国終焉の地となった。


1946年8月、溥儀は極東国際軍事法廷(東京裁判)に検察側の証人として出廷した。

溥儀を戦犯として起訴しようとする動きがある中、溥儀は自らを日本の被害者であると主張した。当時の新聞記事には、溥儀の証言内容が記されている。

また、日本軍と満州国との連絡役を務めた関東軍の将校・吉岡安直中将の名前をあげ、「吉岡中将が紙に書いたものを私に渡し、それ以外を話すことを許可しない」などと証言した。

こうした証言について、溥儀は後に自伝『我が半生』の中で、ソ連軍の侵攻時に満州国軍に対し日本を支援するよう指示した事に触れながら、こう告白している。

「すべてを関東軍と吉岡のせいであるかのようにしたが、実はすべて私が自発的に行ったことだった。法令でも命令でも私が自発的にやらなければ、考えられないものだ」

「ラストエンペラー」溥儀の没後50年。波乱の生涯をふり返る――より引用

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清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀は、日本の関東軍が建国した満州国の皇帝となりました。

日本は、「満州国」という傀儡国家に溥儀を傀儡の皇帝として即位させ、大陸進出の足掛かりに利用しました。

溥儀もまた、清朝再興の夢の実現のために、関東軍を利用しようとしたのです。

この映画のラストエンペラーとは、

清朝最後の皇帝であり、満州国の皇帝になった愛新覚羅溥儀のことでした。

日本において、ラストエンペラーなるものはあるのだろうか、と時々考えることがあります。

現在の憲法に明文化されている、天皇の在り方。

この天皇制は未来永劫続くものなのか?

現・今上天皇である明仁天皇の生前退位について天皇自身がそれを望まれているとの意思をハッキリと表明したときに、安倍側の有識者といわれる人たちの多くが反対していました。

「天皇は祈っていればよい」と言った者も。

この時点で、その人たちは「象徴天皇」の存在をただの「神棚のお札」にしたかったのかもしれません。

来年、退位と新天皇の即位が行われて、徳仁天皇となったときに、安倍首相と日本会議の思惑どおり、天皇の在り方(存在意義)を大きく変えてしまったならば、平成の天皇が実質的にはラストエンペラーになってしまうような気がします。(これは、私個人の思いです。)

新天皇と宮内庁がどれだけ明仁天皇の意志を継承していくかにもよりますが、

安倍政権は、宮内庁内にも元警察官僚などを監視役に置いて新天皇を抑え込む可能性があります。(現天皇もそうなりました。)

http://lite-ra.com/i/2016/09/post-2589.html

そうして、政権の意のままに操れる天皇を作り出したとき、それにとって代わって裏の「皇帝」になろうとしているのが安倍晋三という人なのではないか。

ふと、そんなことを考えてしまいました。


労働者の利益よりも会社の利益を優先したい財界の人たちは、税金の優遇や働き方改革で自分達に有利な法律をつくってもらいたいという思惑があって安倍政権にすり寄り、多額の献金をしています。

日本会議=統一教会は、なんとしてもこの日本という国を戦前の「大日本帝国憲法」の支配する時代に戻したいという思いがあり、

先の戦争の戦犯でありながら、日本の首相にまで返り咲き戦後に作られた「日本国憲法」をどうしても変えたかったあの岸信介を尊敬している孫の安倍晋三に、その遺志を継がせることで日本会議の目標を達成させることができる、そう考えた人々が安倍晋三君を日本の総理に!とかつぎ上げたのじゃないか?

自民党の議員は日本会議系の団体、日本会議議員懇談会や、神道政治連盟に属して、安倍晋三を支えている。

また、日米合同委員会と統一教会は深い繋がりがあるとも言われ、また、日本の法律は日米合同委員会が決めていると言われています。

https://ameblo.jp/kissy-seed/entry-12397623243.html

安倍晋三という人は、憲法を改悪し、日本会議の思うような日本を創り、自身は皇帝のように振る舞って全てを思いのままにしたいのかもしれません。

警察権力も司法もメディアも私物化し、敵対する勢力をことごとく排除するのです。

いま、まさにそのようになっています。

けれども、その安倍晋三自身が、日本会議=統一教会(=米国)による傀儡なのでしょう。

安倍政権は傀儡政権であり、関東軍と溥儀のように互いに利用しあっているかのようです。

となると、日本のラストエンペラーとは、

安倍晋三?ということになるのかもしれません。

馬鹿とハサミは使いよう、ということわざもありますしね。


安倍政権がこのまま続くということは、日本が破滅していく道を進むことになります。

憲法から、平和主義、基本的人権、国民主権を奪われてしまいます。

それを日本会議の人たちは望んでいるのです。

そして、ひとたびこの国に戦争や災害、原発事故が起きたときには、奴隷にされた国民は棄てられることになるのでしょう。


日本に見殺しにされた開拓団の悲劇


長文にて失礼しました。