母は脳卒中だった


今でも忘れない


母が倒れる前の日、


二人で私の結婚式のためのカツラ合わせにでかけた


鏡に映る私たちは


あまりにそっくりで


二人で笑いあったこと


帰りにわざと遠回りをして


隅田川沿いの桜を見て帰ってきたこと


きれいで


本当にきれいで


二人で桜を見て
きれいと思える心を
持つ人間で
良かったねって

話をした


右脳とか左脳とか


そんな話までしたニコニコ





『お母さんは出掛けるからね。夕飯はあなたの好きな鯖の味噌煮を作ってあるから、あなたの彼が来たら味噌汁だけ作ってね』

それが母と話した最後の言葉になった







ICUでの母は

意識がないと医者は言うけど

泣いていた

ずっと泣いていた

私が泣いていたからかもしれない

ごめんね心配ばっかりかけて



ごめんね



色々と病院に行った。


でも、どこへ行っても言われる言葉は一緒。

結局は最初に紹介された大学病院に通い続けてる。



先生いわく。

占い師が言ったんじゃ無いよ。医師だよ。


私の子宮筋腫は手術してもしなくても


イバラの道だそう。

癒着がひどくて

背骨まで…



子宮の摘出をしても
今の痛みが無くなるとは言えないそう

胃ろうや人工肛門

聞いてるだけで辛くなったしょぼん



極めつけは

治療の一貫として
子宮の中に10センチぐらいまで育つ隙間があるので妊娠させましょう

と言う医師の言葉。


ぇっショック!その先は!?

赤ちゃんはどうなるんですか!?

聞けば


育ちません。
取り出します。

と、医師。






頭が真っ白






それからそのまま

家には帰れずに

駅前の居酒屋に。



打ってるだけで涙が出てくるので
今日はここまで。



ちなみに今日はダンナが暴れて辛かったしょぼん


私、もう消えたいよしょぼん




近況ひらめき電球


復活あせる



と、言ってもウツはまだ友達ですガーン

障害者認定も無事にされ
今は行政のお世話になっています

看護婦さんが来たり

ヘルパーさんが来たり

今度はボランティアさんが来てくれるように手配しています

子宮筋腫はまだまだイバラの道です

ずっ長音記号1と出血してます

ダンナさんとは最悪です
離れて暮らしたいです

義父が難病になり
寝たきりになりました




私は今、消えたいです

消えたいです