【09】古地図片手に宮市(防府市)を歩こう! | もしかして山口県在住? こじらせ ( 中年 ) 女のアイタタタ…な ブログ ☆

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山口県民になって数年…
日々のエピソードや感じたコトをこじらせながら綴っていきたいと思います。



昨日、書きかけの記事をアップして、数時間放置していたRieruです★


いやぁぁ〜ん、うそおぉ〜ん ハート

・・・本当ですし、いい年してクネクネしないでください。


イテテ


( うっかり八兵衛に色気は無用です )


そんな、ついでにとんちんかんの抜作先生似の女は、防府市観光ボランティアガイドの会主催の『 古地図を片手にまちを歩こう 』企画に参加してきました。


私ひとりの参加でもOKだったので、ガイドさんとデート状態♪
まず名前から褒められ、容姿を褒められ・・・世辞と分かっていても悪い気はしません。
ガイドさん、私のハートをガッチリ掴んだようです。


イテテ


( 誤解されるような文言を書くでない )



09  宮市

        志士闊歩の地 「 防府 」 宮市コース
        楫取素彦夫妻銅像や野村望東尼胸像等、天満宮を中心に明治維新関連地を散策します。その昔、天満宮参道にあった九つの社坊の一つで、来島又兵衛と高杉晋作が激論を交わした所でもある大専坊が今に残っています。

         期間    2017年10月2•19日、11月13•30日、12月11•12日、2018年3月12•29日 、4月9•19日、5月14•24日、6月11•21日、7月9•19日、8月20•30日、9月10•20日、10月8•18日、11月12•22日、12月10•20日( 3日前までに要予約/5名以上で催行 ) 

         料金    大人1,000円、小中高校生500円 ( ガイド料、保険料、入館料、資料代 )   
           
         集合場所    防府天満宮石鳥居前

         開始場所    10時

         コース     天満宮石鳥居 → 大専坊 → 暁天楼 → 本殿 → 楫取夫妻の銅像 → 野村望東尼•高杉晋作との連歌碑 → 春風楼 → 歴史館〈 約1km/約2時間 〉

          問い合わせ・申し込み先
          防府市観光ボランティアガイドの会
          0835 23 4175


待ち合わせの場所で料金を払い、首から下げるプレートを受け取ります。


他に『 桑山コース 』と『 三田尻コース 』があるんですね。
さらに防府市は、アライグマ隊のボランティアガイドによる『 富海コース 』があります。
アライグマ隊・・・ものすごく興味があります!
同市の向島には、国指定天然記念物であるタヌキは有名ですが、アライグマ・・・本当に気になります!

気にはなるけど、今回は防府天満宮の境内を案内していただきましょう♪
よろしくお願いします。

一旦、石鳥居を防府駅方向に抜け、旧山陽道の地図と照らし合わせて説明していただきました。


防府天満宮を南下していくと三田尻に着きます。
ここには御船倉があって瀬戸内海沿岸の船旅が始まるのですが、殿様に万が一のことがあった大変!ということで、旧山陽道を通るようになったのだとか。
その道は防府天満宮が分岐点になり、天満宮を正面にして右側に延びています。

その後、立派な石鳥居をくぐります きらきら


参道を歩いていくと、例の萩狛犬の説明を詳しくしていただけます。
案内板よりも深いとこを教えていただけたので、しょっぱなからテンションが上がります!

現在は大専坊しか残っていませんが、石段を上がるまでの参道は他に8つも社坊があったそうで、大変驚きました。

階段を正面にして左手にある大専坊ですが、ちょっと地味目で、いつも素通りなんですよね〜汗


まさか高杉晋作さんが来島又兵衛 ( きじままたべえ ) と、この中で激論を交わされていたとは。
その後 来島又兵衛は京都へ行き、禁門の変の最中 ( さなか ) に亡くなったんんですよね。
長男は森清蔵に改名 → 井上馨の末妹厚子と結婚 → 厚子の甥 ( 厚子と井上馨の兄井上光遠の三男 ) 祐三郎を養子に迎える → 祐三郎、三井銀行下関支店長、三井物産門司支店長に。

なんだか不思議な気持ちになって振り返ると、そこには芳松庵があります。


まるで山口県じゃなくて、京都みたい きらきら

・・・間違いなく山口県です。


イテテ


その中に暁天楼があり、これまた素敵な雰囲気を醸し出していました。


この暁天楼は以前からこの場所にあったのではなく、境内から左に出た先に建っていたそうです。
坂本龍馬のエピソードが残る、歴史的建物であります。

芳松庵から出て階段を上がる際、ガイドさんから何段あるか数えてくださいと言われました。

この数は・・・おっと!ガイドさんのネタを奪ってはいけませんね汗 ← じゃあ書くなよ。


イテテ


道真さんのことを想うと ( 別の意味で ) 切なくなりますが、本殿に着きました。


いくらかの銭を投げ入れ、日々の感謝を心の中で述べます。

 その後、楫取素彦夫妻の銅像へ。


夫妻の目線の先には、満1歳で夭折した貞宮多喜子内親王さまの遥拝所が。
この中に遺品は無く、歴史館の方で大切に保管されているそうです。
素彦さんは御養育主任でしたから、薨去された時はさぞ落胆されたことと思います。


楫取夫妻のことを想いながら、高杉晋作・野村望東尼の連歌碑の前へ。


晋作さんへ書いた ( 奉納された ) 歌が七首あるのですが、直筆のものが歴史館に展示されていました。
優しい、女性らしい字です。


いつ訪ねても、大きな春風楼へ。
最近、もし五重塔が完成していたら、このくらいの高さ?と無いはずの上の部分を想像したりするようになりました。


最後は歴史館へ。


誰もいないから、ガイドさんとの貸し切りです♪
後で宮司さん?がいらして、マル秘話をしてくださりました。
ガイドさんも初めて聞いた話らしくて、松崎天神縁起絵巻の鎌倉本と室町本が公開されていました。

で、当時の舟に描かれていた碇 ( いかり ) に興味津々☆
室積で見た木の碇に石を括りつける ( 挟む? ) タイプのものと同じで、感動 きらきら

・・・同じのは、当たり前でしょ。


アイタタタ


( 防府天満宮を2時間もかけて回ったのは初めてですにおい )