その日の1日ご機嫌で過ごせるかどうかは、

朝をどう過ごすかに掛かっているキラキラ

 

私はこんな風に思っている。

これは私の母から教えられた大切な気付きだった。

 

私が実家で暮らしていた頃、特に学生時代、母はよくこんなことを言っていた。

 

【朝怒ると一日中嫌な気持ちで過ごすことになる!】

 

昔から朝が苦手だった私は、朝不機嫌なことが多かった。

寝起きも悪く、何度も何度も母から起こされた。

 

「あと5分寝かせて…ショボーン

というフレーズを何度も繰り返す。もはや5分ではない。

それを見越して母は起こしに来る。

 

「何度も同じこと言わせるんじゃないよ!」

なんて怒られそうなものだけど、母は一度も怒ったことは無かった。

 

そこには母の、

【朝怒ると一日中嫌な気持ちで過ごすことになる!】

という考えがあったからだった。

 

結婚して以降、特に子どもができてからはその考えに深く共感できる。

 

ママの朝はとても慌ただしい。

自分のことにプラスして、家族のこともやらなくてはならない。

4歳の息子はまだ気分のムラがある。

 

朝起きてグズることもあれば、朝ごはんのメニューが好きなものではないとイジけたり、自分のペースにならなかったら、ストライキを起こすこともしばしば。

 

正直、大声で怒りたい…というか憂さを晴らしたい!

 

でも、私は怒らない。

それは、母の教えを守っているからという理由ではない。

 

怒ることが自分にとって得策ではないのだ。

言い換えると、怒ると自分にとって損なのだ。

 

どういうことかって?

 

 

 

例えば、怒りに任せて息子に大声で怒鳴ったとしよう。

恐らく息子は泣く

泣くと朝のお仕度は進まなくなる。

保育園のバスに間に合わなくなるかもしれない。

自転車で連れて行く事態になるかもしれない。

仕事の開始が遅れるかもしれない。

その日の予定が大幅に狂うかもしれない。

 

というような事態になることが想定できる。

 

誰にとって得だろうか。

 

右差し 誰得でもないショボーン

 

誰にとって損だろうか。

 

右差し 私だえー

 

よし、怒るのはやめよう。

それが得策。

 

”損得で子育てするんじゃないよ!”

 

とお叱りを受けそうでもあるが、現に朝から怒りの感情を表してしまうと、その日1日何となくモヤモヤした気分になるのも事実だ。

 

「息子は保育園で楽しく過ごせているかな…」

「怒ってしまったことを引きずってないかな…」

 

など、考えてしまうことになる。

 

怒ることをしない代わりに、どうやったら息子が気持ちよく朝を過ごせるのか、日々工夫している。

 

起こし方であったり、お仕度の順番であったり、朝食のメニューであったり、そもそもの朝の過ごし方であったり。

 

お陰でお互いにストレスなく朝を過ごすことができている。

息子を送りだした後、スムーズに仕事をスタートできている。

 

【朝怒ると一日中嫌な気持ちで過ごすことになる!】

 

という母の教え。

母はこんな打算をしていたわけではないかもしれないが、私にとってはとても有難い学びになった。

 

今日も私は、気分良く1日をスタートした。