結婚生活の終盤、恐らく私は

カサンドラ症候群

というやつだったのだろうと思う。



あの頃は、あの何とも言えない

得体の知れない孤独感に苛まれ

ただただとても、苦しかった。



とても苦しかった頃

この孤独感や元夫に対する心の距離は

そんなに簡単には埋められないのだと

痛感した出来事があった。



元夫は

私の誕生日を祝うのが

とても下手だった。



よくあったお祝いの仕方が

カットケーキが、ただ黙って冷蔵庫に

入っていたこと。



「、、、え?」ってなる。

(しかもそこに、元夫はいない)



後になってよくよく聞いてみたら

元夫の母は、家族の誕生日になると

お祝いにカットケーキを買ってきて

冷蔵庫に入れてくれていたらしい。



それが元夫の家族のお祝いの仕方で

それを家族皆で食べるでもなく

それぞれが好きなタイミングで

1人で食べていたらしい。

(寂しい。泣けちゃう。)



それが普通だったと

何食わぬ顔で話していたのも

また寂しいな。と思いながら聞いていた。



結婚前は、そんな元夫は不器用というか

恋愛下手というか

可愛くさえも見えていた時期もあったけど



ただ単純に、

相手の気持ちを推し量れない人なのだと

気付き始めてからは

私は自分の誕生日がくることすらも

苦しくなっていった。



忘れているなら

もはやもう、忘れていてくれよ。

少し遅れて急に思い出したかのように

遅くなってごめん。何か欲しい物ある?

とか言われた日にゃ

余計に心をえぐられた。



そんなこんなで

誕生日も、どうでもよくなっていて

元夫に対する愛情も全くなくなっていて

むしろ一緒にいる事が苦痛になっていた頃に

迎えた誕生日。



サプライズで花束が届いた。



そんな事は、初めてだった。



花束を見た瞬間

その瞬間だけは

ただただ素直に、嬉しかった。



受け取った花が綺麗だった事と

サプライズされた。という感動からきた

喜びだったのだろうと思う。



メッセージが添えられていた。



「迷惑ばかりかけてごめん」



それを読んだ瞬間

さーっと気持ちが冷めていったのを

よく覚えている。



これで帳消しになんて、なるか。

ならない。なるわけがない。

なって、たまるか。



本当にそう思っているなら

間接的なサプライズじゃなくて

直接態度で、しめしてくれよ。



一緒に住んでいるのに

なぜ直接、渡せない?

なぜ直接、ごめんと言えない?



元夫のできる

精一杯だったのかもしれない。



もう少し早ければ

また違ったのかもしれない。

しかしもう、手遅れだった。



この頃の私は

完全に気持ちが冷めていて

既に離婚に向けて

水面下で準備をしていた。



だからむしろ、

不快感さえ覚えてしまった。



メッセージが、ごめん。じゃなくて

おめでとう。だったら

もしかしたら純粋な喜びだけで

終わっていたかもしれない。



花束に罪はない。

だけどリビングに飾れるほど

私の優しさも残ってはいなかった。



よって、玄関に飾った。



そして私も、直接ではなく

LINEで一言、お礼のメッセージを送った。



これが元夫からお祝いされた

最後の誕生日となった。



かたや子供は



「お誕生日おめでとう!」と

毎年満面の笑みで

お祝いの言葉を伝えてくれる。

一生懸命書いた手紙なんかもくれる。

その内容が、また泣ける。



私は元夫にも、きっとこうやって

素直に、真っ直ぐに

何の計算もなく、ただおめでとうと

祝って欲しかっただけなんだと思う。