【 アイ・アム Riri 】

【 アイ・アム Riri 】

この名前の由来。
UVERworld が歌う【アイ・アムRiri】から。

◇◆ welcome ◆◇

お話ししませんか?
あなたの話しを聞かせて下さい。
どんな事でも構いません。








何度も書こうとしたけど書けない。 




 特に何もないから。




毎日ただ、

「生きる為に生きている」だけ。




世の中の「時間の渦」に

毎日グルグルと翻弄され 

理不尽に堪え、急かされ、

押し流されながら。




笑う余裕も無く、

泣く余裕も無く、 




生きる為に生きているだけ。 




もっとのんびり生きたいな。

もっと自由に生きたいな。

もっと笑って生きたいな。




ハヤク ジユウニ ナリタイナ………。







皆様、良いお年を………。


















許されるなら
マイペースに生きたい。



好きな時間に寝て、起きたい。



だけど、それは叶わない「自由」



世の中は「マイペース」だなんて
許しちゃくれない。



就業時間は決まっていて、
それに合わせて起きて仕度して
飛び出す。



混み合ったホームは
ぶつかり合っても誰も振り返らないし
謝りもしない。



皆、人間であって人間じゃ無い。
そこには人らしい優しさなど
見当たらない。



そんな殺伐とした何物かの
群れがうごめいて、流れて、
改札を抜け、今日も
「社会」を形成している。



その目に見えない、形の無い、
「世の中」「社会」「有象無象」が
耳元でささやく。



さぁ、働いて!



もっと働いて
もっと急いで、
もっと納税して!
米が高くても、
光熱費が上がっても
文句など言わないで!



さぁ、もっと働いて!
さぁ、もっと上手く生きて!
世の中の流れにも
取り残されないで。
流行りの曲はおさえてる?
流行りの店にはもう行った?
あのドラマは観た?
今朝のニュースも取りこぼさないで!



さぁ、さぁ、少しも
休んでいる暇など無いよ、と。



そんな風に日々
世の中に押し出され、
急かされ、流され、
ようやく1日が終わり、
逃げ帰る。



毎日必死に生きているけど、
でも、生きてる気がしない。
自分の意思で生きてる気がしない。



息が上手く吸えない。
窮屈で悲しくて、暗い箱の中にいる。



身体を生かす為に
働き、稼ぎ、食べる。
その繰り返し。



今日も「ただ生きて」いるだけ。



身体を生かせる分の
微々たる収入を得るために
ワタシは命を縮め、
自由を切り売りする。



……ワタシは感情を持った
人間なのか?
「有象無象」の一部なのか?
「ホログラム」なのか?



自分が見えない。












九十九と東が好き。











今年ももうすぐ終わる。 

1年、何も書かないまま

時が過ぎてしまった。




口を開けば良くない言葉ばかり 

こぼれ落ちそうだから。

口を閉めて生活していた。




ここでも、プライベートでも。




黙っていても、社会の荒波に

成すすべも無く流されていく無力感。

物価の上昇や強盗などのニュース。

先行きの見えない不安を 

日々感じながら生きている。




もっと身近に目を向けると 

道行く1人1人の人間。 

 皆【スマホを見ている】

【ワイヤレスイヤホンを入れている】 

【車にひかれそうでも 

全く気付かず、まだ下を向いている】 




世界に「スマホと自分」しか居ない? 

たまにそう問いたくなる。




働いていてもどっちが偉いとか、

正しいとか売り上げあげてるとか、

常にマウントの取り合い。

文句、陰口のオンパレード。 




悪口と言う薪を常にくべないと 

人間って生きていく原動力が

生まれ無いの? 

くだらないな、と思う。 




【正しくありたい】んじゃない。 

【静か】でありたいだけ。




世界は勝手にどんどん回って、 

人間性は今時当てにならない時代だけど、 

自分の心がどうあるかぐらいは 

自分で決めたい。 




華々しく無くて良い 。

あまねく照らし、 

【静か】でありたいだけ。








今年もお世話になりました。
ありがとう。











綴る事すら億劫な日々。



波のように、谷のように
次々に巡って来る問題。



乗り越えても、乗り越えても
また巡って来る試練。



病や痛みや苦しみ、
精神的葛藤、悲しみ、憤り。



日々抱く感謝の念を
遥かに超える量の難題が
「辟易さ」をいつも引き連れて、
周期的にワタシを襲う。



夢を見つけろ、強く生きろ
感謝が足りないなんて
ポジティブ教の方々は語るけれど、



ワタシは毎日
ただただ、命を投げ出さず
「生きる」事で精一杯。



今までの人生、
「乗り越える、また乗り越える」の
繰り返し、繰り返し。



この無意味なループは
一体、いつまで続くの?



多分、人生なんて皆そうやって
生きているんだよね?



ねぇ、
よく嫌にならないね。
よく正気を保ってられるね。
よく「無意味」だと投げ出さないね。



ワタシには
この次々やってくる「試練メカニズム」が
どうにもツラくて仕方ない。



ただ静かに静かに人生を
全うしたいだけなのに、
どうやらそれは
メカニズム上許されないらしい。



自由になりたい。
開放されたい。
メカニズムから脱したい。
願いはただそれだけ。








「若い頃の苦労は買ってでもしろ」
と世の中では言うけれど、
ワタシはそうは思わない。




「若い頃の努力は買ってでもしろ」
とは思うけれど。




苦労は自ら望んだ事じゃなく
押し付けられた運の巡り。
「外的要因」




努力は自ら望んでやる事、
自らが選んだ道。
「内的要因」




そんなイメージがワタシの中に
あるからかも知れないけど。




努力は「経験値」になるけど、
苦労は「トラウマ」になる。




どうか、苦労など
出来る限りしない人生でありますように。




苦労が美徳などと
ほざいているうちに、
一生が灰色に塗り潰されてしまうから。




あなたには
どうか、笑って生きて欲しい。




ワタシが笑えなく
なってしまった分まで。















事象があって悲しみがある。
理由があって恐怖感がある。




でもワタシの前には
事象は無いけど悲しみや
強い虚しさや恐怖心、
徒労感がある。




理由は解らないけど、
ずっとずっと長い年月ここに有る。




ずっと表裏に希死念慮が居る。




………大丈夫。
だからと言って何もしないから。




ただ嵐が過ぎ去るのを待つように
膝を抱え、唇を噛み締めながら
日々、無力感に苛まれ耐えていくだけ。




解っている。
それは「本当は無い」のだと。
ワタシの脳が「有ると感じている」だけ。




そして
ワタシがそんな風に感じながら
耐えて生きている事を誰も知らない。




きっと周りは
「何がそんなに悲しいの?
 上手く生きてるじゃない」




そう言うと思う。




でも、人知れず、
嵐はワタシの中で生まれ、
そしてワタシを
日々ゆっくりとバラバラに打ち砕く。




誰にも理解されない嵐、
苦しみが
今日もここにある。




ワタシにできる事は
ただ黙って、じっとそれに耐える事だけ。























ただ静かに時が流れて行くのを
傍観者として眺めていたい。





闘ったり、
争ったり、
競ったりしないで…………





静かに静かに生きていたい。





だけど人間と言う生き物は
「闘ったり競ったりする性分」
「競い合うのが本能」だったりする。






だから群れで生きている以上
そのルールからは逃れられない。





なぜ無駄に傷つけ合い、
主張し、どちらが偉いか決めたがる?





そんな無意味な争いは
生きる力を吸い取ってしまうだけなのに。





だから
「群れから離脱して生きたい」





それがワタシの静かなる夢。











今年もお世話になりました。
2021.12.30














映画「ホットロード」を観た。





漫画でホットロードを見ていた
14歳の頃の自分を
思い出して、
「あの頃となんも変わっていないな」と
感じたら、泣けてきた。





「何かから逃げたくて」
「不安で」
「どうしようも無い」





そんな14歳の自分と
今の自分を比べても
中身は何一つ変わっていない。












…………14歳のワタシへ。





もがき、苦しんでも
どうせ何からも逃げられない。





だったら一人で生きなさい。





何もかも捨てて
迷わず一人で生きなさい。














誰とも会いたくないと
思い始めてから
随分と時間が経ったように思う。






コロナ禍が幸か不幸か
ワタシの考えにマッチして
「断る」と言う罪悪感を
随分減らしてくれた。






世の中には
「誰かに会いたい」
「集いたい」
「騒ぎたい」と言う人の
如何に多い事かと
ニュースを見る度に犇々と感じた。






世の中から離れたい。
人間から離れたい。






そんな風に感じている事は
頭が可笑しいと思われるから
誰にも言わない。






全て捨て去ってしまいたい。






そんな風に思っているなんて
捨てようとしている
周りの人達に言える筈がない。






今日も
「言える筈の無い思い」を抱いて
ただ、生きている。