初読の方は第1章からどうぞ♪↓

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 3-10




「おはよー」

「よぉ、識。今日も珍しく早いな」

「最近朝が快調でさ」

「嘘つけー。昼間寝てるから夜寝てないだけだろ?」

「昼は昼。夜は夜」

「昼も夜も遊べる人は良いねぇ。頭良くなりてぇな俺も」

「遊んでねーよ。ついでに頭も良くねーよ」

「はー、俺も雑火みたいに頭良くなくても人気者にならねぇかなー」

「結局そっちに行くのか」

「そんでホームラン打ちてぇなー。三間坂さんとかど真ん中なのに」

「多分かすりもしないぜ?」

「ん?識って雑火派だっけ?」

「さあな」


 今日も脈絡のない会話で俺の学校生活が始まる。

 一昨日の席替えでも手放すことのなかった窓際の指定席に座って、例の如くHRまでの時間を外の景色で潰す。

 昨日の戦いの疲れがないと言えば嘘になりそうだが、しかし柊さんの『癒水』なるものは疲れまで取るらしい。割と体調は万全な方だ。

 

 しかし、あそこまで『宣教師』というものが積極的に襲撃してくるとは思わなかった。『宣教師』に勝つことがどれだけの意味を持つか未だ分からないが、俺にそこまで執着される筋合いはないのだが。

「まったく、面倒な奴だなホント」

 ……いくら俺が理解るといっても、こうも手掛かりが少なくてはどうしようもない。

 しかし解けない問題ほど不愉快なものはない訳で。

 苛立ちの募る思考は中断し、放課後に久々にゲーセンでも行くか、とか思いながら、家で早く起きた分の睡眠をいつものように取ろうとして――



「―― 釈、識君はいらっしゃいますか?」

 凛、として明瞭な響きの声に、眠る姿勢に移行しつつあった体がフリーズする。

「ああ、良かった。まだ朝早いので、登校していないかと思っていたのですけど」

 俺を見つけたらしいその声の主が、すたすたとこちらに近づいてくる気配。

 ……もうちょっと早めに寝ようとしてればと後悔するが遅い。


「おはようございます、釈、識君。ちょっとお話したいことがあるのですが……」

 女子にしては高い身長。モデルかと疑いたくなるような痩身。腰以上に伸ばされた漆黒の髪に、同じく漆黒の色を湛えた瞳。髪や瞳と対照的に白い肌。


「……ここではなんですから、生徒会室でよろしいですか?」

 そう言って見目麗しく微笑んだのは、他でもない我が校きっての生徒会長だった。



    #   #   #



 ―― 目を覚まさせたのは、やはり激痛だった。

 硬直する四肢。軋んでいる骨。空気の入ってこない肺。ひたすらに高鳴る心臓。

 何処を見ているのか分からない目。周りの音を認識しようとしない耳。

 匂いを嗅ぐことすら忘れた鼻。チリチリとした酸っぱさの残る口。

 何かに縋るように伸びる手。意識とは関係なくよじれている足。


 動こうにも、体は動かない。

 叫ぼうにも、息ができない。


 覚醒。失神。覚醒。失神。覚醒。失神―――― 覚醒。



「……まったく、やりすぎにもほどがあるわよ、『大司教【アークビショップ】』」

 何とか意識を繋ぎ止めるまでに回復したのは、昼過ぎだった。

 すっかり体になじんでいるベットの上で、仰向けで天井を見上げる。ベット脇のテーブルには、いつものように私の分の朝食と、手紙と、そして鍵。

 キーホルダーも、輪っかの一つすらもついていない銀色の鍵を、私は飽きるまで見つめていた。



    #   #   #



「どうぞ、お座りください」

 荘厳な木製のドアをくぐり、またもや校長室かとツッコみたくなる生徒会室に足を踏み入れる。

 進められた革張りのソファーは黒々とした艶が新品同様に輝き、一片の曇りなく磨き上げられたテーブルは対面に座った美人生徒会長の御顔を映すほどだ。

 

 何故かこの部屋にいる執事は、待ち構えていたかのように白磁に注がれた紅茶を差し出す。ありがとう、と言って彼女は執事を下がらせた。

 恭しく一礼して去っていく執事を眺めながら、つくづく生徒会の桁外れさに肩を竦める。

 そして、目の前にいる、三間坂 菖蒲にも。


 今にも折れそうなティーカップをお互いに啜る。

「……さて。ここに呼び出した理由は分かっているでしょう?釈、識君?」

「ミルクティーを一緒に飲ませるため、かな」

「アールグレイはお嫌いでしたか?」

「いいや、間違いなく今まで飲んだ紅茶の中で一番うまい」

「そうですか。執事に伝えておきましょう」

 先日呼び出された途中から、俺は三間坂さんに敬語を使っていない。親しみたいから、とかそういう理由ではない。

 三間坂さんはかすかに微笑む。


「……まだ、私を警戒なさっているようですね」

「さあ、な」

「構いません。当然でしょうから」

 ミルクティーの芳醇な香りとなめらかな舌触りを味わい、ティーカップをソーサーに戻す。


「……それで、今日は何の用だ?俺は眠いんだけど」

「それならばコーヒーにしておけば良かったでしょうか?エスプレッソも中々のものですよ」

「ここは喫茶店か?」

「いいえ。生徒会室です」

「だろうな。どこの喫茶店でも、こんなマイセンの白磁器なんて使わねーよ」

「気に入って頂けたようで何よりです」

「欲しいくらいだ」

 三間坂さんはちょっとだけ眉を下げ、困ったような笑みを浮かべる。しかしそれは一瞬で、やがていつもの顔に戻る。


「さて……。また『喧嘩』ですか、釈君?」

「………まあな」

「―― 昨日、この地域に『洗礼【サルベーション】』に来ていた『宣教師【ミッショナリー】』、『撃鉄』および『鬼魅』の二名と何者かによる戦闘報告を聞きました。……結果は言うまでもないでしょう」

「……………」

「『教会【エクレシア】』による二人への指示はこうだったようです。…………『悟る者【リアライザー】』を『洗礼』せよ」

「大層な名前だな、そいつ」

「私もそう思っています」

「………」

「『教会』はすでに『彼女』よりも、むしろ貴方を危険だと見なしているようです。釈君」

「へぇ。暇なんだな、『教会』も。俺はあいつらみたいに変な能力なんて無いってのに」

「……危機感を持ってください、釈君。貴方が『教会』の実績に泥をつけたのは紛れもない事実なんです。そして、『教会』は貴方を確実に『洗礼』しようとする」

「何も『洗礼』するものなんてねーよ。会長も、その『教会』ってのも、俺を買いかぶり過ぎだ」

「しかし、現に貴方は『影縫』と『鬼魅』を倒しているでしょう?『悟る者』、そう呼ばれるだけの能力を使って」

「あのなぁ……。勝手に喧嘩始められたらどうしようもないだろ?」

「……今回は『鬼魅』の結界のお陰で戦闘になっていることの発見が遅れました。しかし、『教会』にこれ以上の猶予はないでしょう。次はどんな手を使ってでもあなたを『洗礼』しに来るはずです」

「……つまり?」

「……敢えて私に言わせますか?『悟る者』?」

「……ダサいな、その名前」

「渾名なんてそういうものですよ」

「あのな……」


 俺の溜息に満足でもしたのか、三間坂さんは微笑をたたえて紅茶を啜った。話の内容さえ考慮しなければ、だれもが羨む場面である。

「さて、私としたことが話し過ぎてしまいましたね。せっかくの紅茶もぬるくなってしまいました。まもなく授業も始まりますし、これでお開きにしましょう」

 三間坂さんが執事を呼びつけた。控室に下がっていた執事がノックと共に、恭しく一礼しながら入ってきて、空になった白磁を音一つ立てずに下げていく。

「美味い紅茶ごちそうさまでした」

 高級な革張りのソファーから腰を上げる。この後、いつもの教室で固い木の椅子に座るとか考えたくなくなるのは俺だけではないだろう。

 いつの間にか戻ってきていた執事が、重たい扉を眉一つ動かさず開けて待っていた。

「いいえ、私も楽しかったです。今度は、舞踏会にでも招待できると良いのですが」

「今どきの高校生はワルツなんて踊れねーよ」

 三間坂さんの微笑みを後ろに、俺は生徒会室を後にする。



 ……ったく、考えることが多すぎる。しかもかなりの難題だらけじゃないか。

 ……まずは教室に戻ってから、男どもの猛攻をどう凌ぐか、だ。



    #   #   #



「彼にも『招待状』を用意しておきなさい。差出は『蛇』と」

「かしこまりました、お嬢様」

「お嬢様はやめなさい。お父様とお母様はもういないのだから」
「失礼いたしました、菖蒲様」

「このことは内密にね?」

「承知いたしております」

「それでは、私も授業に参りましょう。後は頼みました」

「行ってらっしゃいませ。アフタヌーンティーには、スリランカ産のセイロンを用意しておきます」

「そう。それは楽しみです」



    #   #   #



「あらぁ、奇遇ねぇ。この国へようこそ、『司教』サマ」

「『心見【スキャナー】』……まだ生きていたの?」

「つれないわぁ。それに今は『心見』の名前は名乗ってなぁいの」

「相変わらず気持ちの悪い声ね……。それで?偉大なる先達様が何の用かしら?」

「ふふ、もしかしたら『司教』サマがよからぬ事を考えているんじゃあないかなぁって。ちょっと『覗き』にきたのよぉ?」

「あら?いくら先達といっても『司教』に向かって『力』の行使とは頂けないわね」

「ンフフ、広い心を持たないと、レディーとして見てもらえないわよぉ?」

「余計なお世話ね。灰にされたいの?」

「きゃぁー怖いわぁ。ワタシは火を使うプレイは嫌いなの。やめてよねぇ」

「じゃあそこを通してくださる?」

「はい、どぉぞ。よかったらアタシの店にも来てよねぇ」

「遠慮しておくわ」

「ホントつれないわぁ。……でも、町で見かけたら容赦しないわよ?」

「わざわざ空港まで出向いて良く言うわね」

「やぁねぇ、ワタシはあの町が気にいってるのよ。それと……フフ、やめておくわぁ」

「そう。いい加減話も飽きたわ。ここじゃなかったら今頃水蒸気よ、あなた?」

「また会いましょ、『司教』サマ」

「あなたが生きていれば、ね。――― 出しなさい」



「ふう。『司教』サマに会うのも命がけねぇ。とりあえず、ワタシも戻らないと――」





ーーーーーー3-11に続くーーーーーー




ホントにご無沙汰してました、Rippuです。

この第3章に1年以上かかってます。ただの亀更新ですorz


何故か会話メインで文章を作ってしまいました。

地の文が上手く書けなかったんです。反省。


冬休み入ってから全力で書いてましたが

途中何度か書き直して色々とあり何とか年内に更新できました(焦)

なんとか冬休み中にもう1話書きたいところです。



それでは読者の皆様に感謝をば。

さて読んでくれている人はいるのですかね……???w




初読の方は第1章からどうぞ↓

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 3-9




 私は『蛇』と名乗った女子高生と別れたあと、全力で路地裏を駆けていた。

「釈君……」

 カレルは鬼塚も一緒に来ていると言っていた。鬼塚は釈君と戦っている、と。

 いくら釈君が上位宣教師である『影縫』を倒したとはいえ、『鬼魅』の名を持つ鬼塚は倒せないだろう。彼女の能力は彼一人で戦うにはあまりにも不利すぎる。


 私の扱う『水』は戦闘と回復においてはかなり優秀だが、こういった探知や捜索には向いていない。探知は『風』の領域だ。

 私ができる精一杯の捜索をしても、釈くんは見つからない。『結界』があれば流石に分かるのだが、それすらもない。

 ―― つまり、良くも悪くも、戦いは終わっていた。

「どこ……どこにいるの、釈君……」

 息が上がる。カレルとの戦いで負った傷を私の『水』で治す事さえ忘れて、時折ふらつく足を無理矢理動かした。



   #   #   #



「あ痛たたた……骨折れてないと良いけど」

 隣でうめく襲さんと一緒に、俺は家路に戻っていた。


 鬼塚が襲さんの銃弾で倒れたあと、とりあえず鬼塚が目覚めないうちに襲さんが持参していた縄で縛っておいた。

 いつも持ち歩いているらしい。一体全体何に使うのかと聞いたら、

「フフフ、ないしょー」

 とか凄い小悪魔な笑みで返された。

 ともかく襲さんの手当てを済ませよう。頭を蹴られた影響か、襲さんの足取りはおぼつかない。先程から大丈夫そうに振る舞っているが、俺の予想では相当限界なはずだ。

「襲さん、もうちょっとで俺の家着くから頑張れ」

 そういえば柊さんは家にいるだろうか。普段ならまだゲーセンで働いてる時間だ。

 ―― そんなことをふと考えたときだった。



「―― 釈君!!」

 


 路地の曲がり角、ちょうど俺の家に続く道から、柊さんが出てきた。

「おや、釈クンにお出迎えかな?」

 襲さんが楽しそうに言う。

 そんなことないだろ、と俺が反論しようとした刹那。



 ―― 柊さんが俺の胸に飛び込んでいた。



「なっ……」

「良かった、良かった、良かった……」

 俺の胸に彼女の頭が押しつけられる。栗色の髪がふるふると揺れていた。

「ひ、柊さん?どうしたのさ?」

 よくよく考えてみれば彼女と生活するようになってもこんな風に抱きつかれたのは初めてだ。

 というかこんなシチュエーションになったこと自体が人生初だ。

 俺の隣で襲さんが頬をふくらましているのにも気が付かなかったぐらいだった。


「釈君、『宣教師【ミッショナリー】』に会わなかった?襲われなかった?」

 柊さんは俺の制服のシャツを掴んだまま、胸元から迫ってくる。

 こうしてみると、柊さんも相当、いや、かなり可愛い。

 ……とと。そうではなく。

「えっと……とりあえず、落ち着こう?」

 俺は横目で襲さんの方を見る。

 柊さんも俺の目線に気が付いて、襲さんを見て、


「え……、あ、ハイっ!!!」

  ―― 盛大に俺を突き飛ばして離れた。



   #   #   #



「……そう。やっぱり鬼塚が襲って来てたのね……」

 ひとまず柊さんを落ち着かせ、襲さんを柊さんに紹介してから(もっとも、襲さんは柊さんの事を知っていたわけだが)、俺は先の戦いについて柊さんに説明した。


 柊さんの方にも『宣教師』は来ていたらしい。何とか逃げたというが、顔や全身についている傷を見ればかなりの戦いを強いられたのは容易に想像できた。

 

「まあどちらにせよ何とかなったわけだし、とりあえず家に戻ろう。柊さんも襲さんも、手当をしないと」

 話はそれからでも良いだろう。 



   #   #   #



 家にたどり着いたのはそれから五分も経たないうちだった。まったく、とんでもない寄り道もあったものだ。

「ただいまーっと」

「ただいま」

「お邪魔しまーす♪」

 三者三様の挨拶をしながら入る。柊さんも「ただいま」と言ったことを襲さんが意味有りげな目線で伝えてくるのは無視した。


「さてと」

 バッグは適当にベットに投げて、これからの事を考える。

 家には女の子が二人だ。二人もいる。しかも一人は学校一の美少女だ。

 どうしたものか。コレは。……倒置法。

「とりあえず傷の手当をしましょう」

 慣れないシチュエーションにちょっと行動停止に陥っていた俺に、柊さんが助け舟を出す。

「あ、ああ。ちょっと待ってて、今救急箱を――」

「私に任せて」

 本来の目的を思い出した俺の行動を柊さんが止める。


「―― 我が『アクア』の称号の許に調整せん――」



 ―― 襲さんの表情が変わった。



「―― 『癒水【ポーション】』」

 部屋全体に、霧吹きを吹かせたかのような『霧』ができる。それは俺や襲さんにも降りかかって、

「え……?」

 襲さんの額の傷、柊さんの顔にできた殴られたような痕、おそらくは体の内部の怪我に至るまで、ゆっくりと治癒させていく。

 否、目に見えるほどの回復なのだ。驚くほど速いだろう。現に襲さんは何度も額をさすり、怪我がないことが信じられないでいるのだから。


「どう?治りましたか?」

 柊さんが笑顔で尋ねる。

「凄い……」

 襲さんはそう呟いただけだった。


「私の能力です。普段はあまりできないんだけど、今日は調子が良いみたい」

 戦いの後であるにも関わらず、柊さんはそう言った。

「……柊さんの相手は強くなかったのか?」

「えーと……強くないわけじゃないんだけどね、その、あまり追跡に向いてないタイプの『力』だったから」

 柊さんは一瞬だけ思案したようにして、俺の質問に答える。

「能力といっても色々あるからねー。釈クンと私が戦ったアイツみたいに手数の多いヤツもあれば、戦闘には全く向いてない感知系の能力とかもあるし」

 襲さんが補足を入れてくれる。怪我が治ったことでちょっと余裕ができたらしい。

「なるほどな……なら『宣教師』にも色々あるってことか」





    #   #   #





 私は釈君に嘘をついていたし、いくつも隠した事があった。

 釈君と共に戦っていた雑火 襲という女性――多分年齢はそれ程私と変わらない――も交えての会話。



 第一に、カレル=ウォルスの能力である『撃鉄』は確かに追跡には向いてない。しかし、私の『水』は逃亡に適した能力ではなく、さらにカレルは結界も張っていた。つまり、とても私が逃げられる状況ではなかった。



 それに、「調子が良い」というのは嘘だ。『蛇』と名乗った人物の痛み止めは既に効果が切れつつあった。もうしばらくすれば、私の背中にはあの忌まわしい『痛み』が帰ってくるだろう。



 最後に、私自身のこと。釈君は私の身の上を聞いてこない。最初に出会った時に少しだけ話した覚えがあるが、それもほんの僅かなことだけだ。



 いつまでもこの『非日常』が続くとは思っていない。

 そして永遠に、私は『アクア』の称号を背負っていかないければならない。


 ――― だから私は、釈君に嘘をつき続けていた。




    #   #   #



 結局、襲さんは俺の家に夕食まで居座った。夕飯を三人分も作るのは久々だった。

「うまーっ!釈クン、今度から夕ごはん食べに来てもいいかな?」

 歓喜の表情でそんなことを言われた。ノーとか言えない。


 逆に柊さんは疲れた、と言っていつもより少ない量をすぐに食べ終わると、

「先にシャワー浴びるね」

 と俺たちを残して浴室に入って行ってしまった。



「……さて、御馳走になったことだし、邪魔者は帰るとしますかー♪」

 柊さんがまだシャワーを浴びているうちに、襲さんが立ち上がる。

「あ、送るよ」

「いいよいいよ、もう怪我も治ったし。……それよりも柊ちゃんのこと気遣ってあげなよ」

 再び意味有りげな視線をその琥珀色の瞳で送ってきた襲さんは、どことなく上機嫌だった。

「あのなぁ……」

 俺は溜息とともに返す。

「今日はダメだよ?彼女も疲れてたみたいだから」

 そういっておどける彼女。


「釈クン」

「ん?」

「……ううん、なんでもない。じゃ、気を付けてねー!」

 襲さんは彼女のトレードマークでもある笑顔でそう残して、元気よくマンションの階段を降りて行った。 

 気を付けて、と言うべきなのは俺だと思うんだが。



「……釈クン、ホントに気を付けてよね……その人、相当ヤバい人だよ」

 彼女の呟きは、俺に聞こえることはなかった。



    #   #   #



「あっ、っ……う、はぁ、はぁ………ひぐっ!」

 浴室に響く、苦悶の声。

「ああっ!………う、ふくっ……はぁ」 

 私はその声を聞かれまいと、シャワーを多めに出して紛らわせる。


 コレは、ちょっと、いや、かなり、まずい。

「ひいぃっ!も、もう………いい加減に、してよ、ね………」

 思わずタイル張りの床に倒れそうになった体を、壁についた手で必死に支える。

 しかし、まだ辛うじて残っていた痛み止めが切れた事を教えられるように、一際強い刺激が私の脳髄を襲う。

「あ、あ、あ、く、ふくっうぅぅ、くぁぁぁ!」

 全身を硬直させながら、私は耐えていた。

 耐えることしかできなかった。


 床に倒れこんだ私は、とても弱く見えたに違いない。

 否、弱かった。



    #   #   #



「はい、もしもし」

「私よ」

「はい。どのようなご用件でしょうか」

「何よ、主人が連絡を取るのにいちいち理由が必要?」

「い、いえ。そんなことはありませんが」

「ふふっ、冗談よ。それよりも、着いたわ」

「かしこまりました。すぐに御車をそちらに向かわせます」

「ありがとう」

「いえ。……舞踏会の準備はできてるの?」

「はい。日程が決まり次第、来賓の方も踏まえ、いつでも開催できるように致しております」

「そう。楽しみね」

「他に御用件は御座いますでしょうか?」

「いいえ」

「かしこまりました」

「切ってよろしくてよ」

「はい。それでは、御茶の準備をしてお待ちしております、」



「――― エメリア様」




ーーーーーー3-10に続くーーーーーー




こんにちは。またもやご無沙汰してました、りっぷうです。

亀更新は見逃してください……ホントに……



今回はのらさまの挿絵はナシです。

そして戦闘もナシです。

というか今回の更新は割と早めに書いてたのに、

戦闘シーン以外を久しぶりに書いたら

全く思いつかない罠。



それでは、読者の皆様に感謝をば。



りっぷうでした。



お久しぶりです。

しばらく更新が途絶えていましたが再開しますので

どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


初読の方は第1章よりどうぞ↓

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◆ Illustration by のら




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 3-8




「っ、痛ッ……」

 体の中に響く鈍痛と何か重たいものが乗りあがってくるような感覚に、私の意識が舞い戻ってくる。

「あれ、私……」

 ぼんやりとした頭で必死に状況を把握しようとするが、目覚めたばかりの思考は考えることを拒絶しようとする。視界は混濁する私にハッキリとした映像を与えてくれない。ただ、全身を酷い倦怠感が包んでいるのだけはなんとなく分かった。


「―― ようやく目が覚めましたか、柊さん?」

 しかし、困惑する私を叩き起こすようにその声が響く。


「―― カレル!貴方ッ!……ぅあッ……」

「おっと、下手に動くと痛いと思いますよ。何せ『撃鉄』を受けた身ですし、それに『力』も使い過ぎですよ。背中の『呪紋』も相当痛むのでしょう?」

 気が付かなかったが、私の腕は後ろ手に縛られていた。そのままうつ伏せに寝かされ、腰の上にカレルが馬乗りになっている。地面が濡れているために私のシャツとデニムは前半分だけが水浸しの状態になっていた。


「最悪……」

「せっかく倒した獲物を捕らえない狩人はいませんよ?」


 軍人出身の彼はこういうことにも慣れているのだろう。私が何とかカレルを押しのけようともがいても、彼は片手一本で私を制してくる。しかも、これまでの戦闘で受けた肉体的なダメージと背中の強烈な痛みで私は一分と動いていられなかった。


「だから動かない方が良いと言ったじゃないですか」

 カレルは呆れたように呟く。

 それでも私は諦めるわけにはいかない。動けないなら、動けないなりに。



「―― 『ミズチ』!」


「……聞き分けの悪い人だ」

 私の『力』の発生を見て、カレルは浅黒い人肌の色をした拳を目の前の背中に軽くぶつける。



「かっ?あ、あ、ああぁぁァァァぁぁあああぁぁぁぁああぁあ!」

 ―― 突然、私の視界が真っ白になった。

 激痛として形容してもし尽せないような、そんな感覚。否応なしに私のカラダが背中から広がる感覚に飲み込まれ、私自身からの制御を離れる。

 ぴく、ぴく、と痙攣する私の上から、カレルの笑いが聞こえてくる。


「あはははははははは!どうですか柊さん?動けますか?『水』は使えますか?」


 まだ私の思考が戻ってこない。呼吸がおかしい。空気を求める金魚みたいに、私の口はパクパクと喘ぐ。

 圧倒的優位を取るカレルは更に私を追い詰める。私の来ているシャツをたくし上げ、背中の『呪紋』を外気に晒した。


「ほうら!ほーら!ほらッ!どうです?抵抗してみてくださいよ、柊さん!」


 拳を振り立て、背後から『呪紋』めがけて打ち下ろす。そのたびに、私のまぶたの裏で花火が散り、脳の神経という神経が焼き尽くされたかのような錯覚に陥る。『呪紋』に全身を支配されていく。


「あうっ……きゃぅ、がっ……くふっ、はぁはぁ……があっ…」

 ―― もう何回意識が飛んだのか分からない。意識があるのかないのかさえも私には理解できなかった。

 『呪紋』の痛みで気を失えば、次に『呪紋』を殴られた痛みでカラダが跳ね起きる。

 肌に冷たく感じる、慣れ親しんだ『水』の感覚さえなくなろうとしている。

 まるで『非日常』は戻ってこないことを体の芯まで教え込まれているみたいで、知らないうちに涙がこぼれていた。



「おっと、いけないいけない。僕だけで楽しんでしまいましたね……フフ、柊さん、どうですか?もうあなたは僕の思い通りになるしかないんですよ?」

 散々私を痛めつけたカレルは興奮気味に手を休める。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 私は彼に組み伏せられたまま、荒く呼吸をすることしかできない。『水』を使おうにも、このカラダは痛められ過ぎていた。



Rippuの屑書き。



「……一つ提案をしましょう」

 彼はうつ伏せの私に馬乗りになったまま、そう切り出した。

 私は横向きになったまま、目だけを動かしてカレルを見る。

 否、睨む。


「……柊さん、僕のモノになりませんか?」


「は?ははッ、誰がそんなこと……あぁあアぁぁあァァ!」

 衝撃。絶叫。痙攣。呼吸困難。

 カレルの右手が、『撃鉄』の状態で『呪紋』に振り下ろされていた。そのまま拳を『呪紋』に擦り付ける。


「分かっていますか?今あなたに拒否権はないんですよ?」

 それだけで、私の意思は塵芥のように捻り潰される。悲鳴を押さえることができない。

「……良いでしょう。僕のモノになれば、『影縫』を倒した彼も見逃してあげましょう。教会【エクレシア】に追われることの辛さはあなたが一番知っているはずだ。巻き込んでしまったんでしょう?柊さん次第で、彼が助かるんですよ?」



 ―― ひゅう、ひゅう、と私は虫の息で悶える。

 選択肢は一つしかなかったのは分かっていた。

 でも、どうしても決断できなかった。

 理解っていたのに。

 彼も戦っている。ならば、私から降りることは出来なかったから。

 




「―― そこまでです。彼女を離しなさい、宣教師【ミッショナリー】」

 突如として、路地裏に響く凛とした声。

 カレルの表情が一変して厳しいものに変わる。

 声はカレルの仲間、つまり鬼塚のものではなかった。

「どなたです?一般人は近づけないようになっているはずですが?」

 カレルは一旦私の上から退く。私を放っておいても何もできないと分かっているのだろう。そしてそれは当たっている。


「全く、この地域で派手なもめ事はよしてほしいのですが」

 流れるような黒髪。

 切れ長の目と流麗な眉。

 高校の制服に身を包んだ彼女は、流れるようにそう言った。


「リストに載ってない『能力者』ですか……迷惑なものですね」

 カレルが眉をゆがめて言う。私をモノにしようかという瞬間に邪魔が入ったのだ、不愉快に違いない。

「結界は除去しておきました。もうすぐ一般人もここに来ますよ?」

 黒髪の女子高生が事務的な口調でそう言った。

「そうですか……」

 カレルの顔に数瞬の迷いが生じる。一般人を巻き込むことは、彼ら『教会』の存在を知られかねない。余計な処置が必要になる。

 

―― しかし、彼は軍人だった。決断は早い。


「……それなら、残念ですが……

 貴女に死んでもらうしかないようですねッ!」

 最速で証拠を潰す。それが彼の決断だった。


「……!逃げてッ!」

 動けない私が必死に叫ぶ。カレルは瞬時に『撃鉄』を纏い、弾丸のように女子高生へと突っ込んで行く。

「――!」

 彼女の動きは早かった。カレルの『撃鉄』を紙一重に躱し、瞬時に背後を取る。


「『撃鉄』、『撃て』」

 だが、カレルは鉄塊と化した右腕を誰もいない地面に叩きつける。

 轟音と共に衝撃が地を伝って背後を含む全方位に広がる。

「きゃぁ!!」

 当然、縛られ弄ばれ身動きの取れない私にもそれは届き、倒れているにも関わらず地面から殴られたような衝撃を受ける。勝手に身体が宙に舞う。

 両手は拘束されているため受け身が取れない。アスファルトに叩きつけられることを覚悟した刹那。

 


「―― 大丈夫ですか?」

 ふわりと何者かが受け止めてくれる感触。ぎゅっと閉じていた目を開くと、制服姿の女子高生が私を抱えていた。

 今更だが、水にぬれたシャツが透けるのが気になる。

 

 彼女はゆっくりと私を地面に座らせると、私の首元でこう囁いた。

「戦ってください。私では、あの宣教師は倒せませんから」

 気づけば、私の腕の拘束は解かれていた。

 自由になった感触を確かめるように、痺れのない両手を握りしめる。



「……ごめんなさい。無理なんです。だから貴女だけでも逃げて」

 ……けれど、もうボロボロの私では、戦えない。

 俯いて彼女の視線を外す。不甲斐ないとか、そんな言葉じゃ言い表せない感情がじわじわと私を包んでいった。

 握った両手が脱力する。



 しかし――、彼女はその長い黒髪を揺らせてゆっくりと微笑む。

「問題ありません。痛みは私が『抑えて』ありますから。『背中』も、今は痛くないはずです」



「………え?」

 両手に、相当な時間縛られていたはずの両手に、違和感はなかった。

「―― 『撃鉄』、『散弾装填[ポンプアクション]』」

「――!」

 迷っている暇はなかった。

 一度は手放した『水』を、再び呼び戻す。


「―― 『ミズチ』ッ!」

「―― 『撃て』」

 無数の『蛇』が私と女子高生の周囲を囲む。足元にも『蛇』は集い、私達をすくい上げた。

 

 一瞬遅れて、響く轟音。

 だが、地面からの衝撃も、礫となり弾丸となったアスファルトも、膨大な『水』という緩衝剤に阻まれてこちらに届かない。

「へぇ……あれほど痛め抜いてあげたのに、何故動けるんです?」
 カレルが驚きの色を隠さない。

 いや、驚いているのは私もだ。


「『痛み』が……消えた?」

 背中が。『呪紋』が。

「痛く、ない……」

 なんて、久しぶりの。



「―― 我が『アクア』の称号の許に調整せん――」

 カレルの顔が驚愕に変わる。

「冗談ではないようですね……」



「―― 『水神ノ槍【ポセイドン】』」

 私の手に、その『槍』が握られる。

 長い柄の部分は直線的で細身。先端近くで十字に分かれ、三叉の刃を持っていた。

 そして、それはすべて『水』で形を成している。


 ―― その『槍』は『昔』の私が。


「『昔』を思い出しますねぇ、柊さん!あなたが『司教【ビショップ】』であった頃を!」

 カレルの顔には懐かしさのようなものも見えた。

 

 ―― 好んで使っていたモノで。


「しかし、コレは少しばかり荷が重いですね!」 

 そして彼の顔に浮かぶのは、絶対に勝てないものに挑む、壮絶な感情。


 ―― 決着をつけよう。


「『撃鉄』、『破砕弾[ホロー・ポイント]』」

 カレルの右手に、彼の体内の鉄分という鉄分が凝縮され、鋼の鈍色に色づく。『撃鉄』の正体はカレルが自身の鉄分濃度を自由に変化させる、というものだ。


 ―― 自らの創り出した『水』に。

「……ごめんね、カレル」



「―― 『撃て』」

 私は『水神ノ槍』をカレルめがけて突き出す。

 カレルの拳が、真っ向から撃ち出される。

 

 


   #   #   #




「……殺さなかったのはせめてもの償いよ、カレル」

 私は『槍』をもとの水に戻す。路地裏に再び小さな流れができて、足元の靴で少し淀んだ。

 カレルは気を失って倒れている。もっとも、失ったのは意識だけではないが。


「おめでとうございます」

 黒髪の女子高生が微笑んだまま私に近づいてくる。

 元々こういう口調なのか、ここまで丁寧に話されるとちょっと不思議に思うが、それでも彼女は私の危機を救ってくれた大変な人だ。

「本当に助かりました、ありがとう。えっと……」

 名前を知らないことに今更気が付いて、私は言葉に詰まった。

「名乗るほどの者でもありません。それに、『痛み』が治まっているのも一定の間だけですのでご注意ください」

 彼女は私の様子を見て微笑むと、さらりとそう言った。

 そしてくるりと路地裏の出口に踵を返す。


「それでは。また御縁があればお会いするでしょう」

「あ、ちょっと待って!」

「……何でしょうか?」

「せめて、名前だけでも教えてもらえませんか……?」


 すると、彼女は少しだけ思案したようにして、



「―― それでは、『蛇』とお覚えください」


 そう言って、今度こそ路地裏から去って行った。

 




ーーーーーー 3-9に続く ーーーーーーー





お久しぶりです。Rippuです。

とてつもなく更新が遅れてスイマセン。

謝る人がいるかどうか不明ですがw


さて、やっとこさ戦いが終わりましたw

しかしこれで終わらない第3章。


今回も美麗なイラストをのら様に描いていただき、

のら様にはホントに感謝感激雨霰。


そして読者の皆様にも謝辞をば。


次回はもっと早く!更新いたしますので!φ(。。;)