「普通」ジャパン
好きの反対は嫌い。ずっとそう思っていた。
実は違うようだ。
メトロノームは左右に振れる。同じ幅で。
片方が好きならば、もう一方は嫌い。
最近のトレンドは「普通でありたい」だそうだ。
この「普通」とは、メトロノームを止めることと同じ。
好きな人に告白しなければ、振られることもない。
出会わなければ、別れもない。
一番選んではいけない、無関心をついに手にしてしまった。
選ばせてしまったのは他ならぬ、大人たちだ。
いつの間にかその一人となった自分も責任を感じる。
天皇制、自民党、宗教、政府の方針、
結局、いつまでも足の引っ張り合いをし続けるだけで、
何をやっても批判が生じる。
仕方ないことだけど、その批判を甘んじて受けてでも信念を突き通す人が
見当たらない。
身近に、あるいは著名な人に引っ張って行ってもらわなければ、
この気運は変わらない。
他力本願かもしれないが、いつの時代も同じだ。
「普通」ジャパンは世界で渡り合うことはできない。
そうか、渡り合うことも放棄したのか・・・