1月10日
誰かが持つ、他人へのほんの僅かな差別の気持ちが、
ときに膨れ上がり、ときに暴発し、悲しい歴史を産む。
私達人間は、何度同じことを繰り返せば気が済むのだろう?
遠い国の知らない時代の話・・・
それならば、改めて教訓にすべきだ。
しかし、間違いなく 今も差別は消えない。
運良く、今の日本は国家間の争いから離れている。
しかし、それは、表になっていないだけのことかもしれない。
私はユダヤ人でもイスラム教徒でもなければ、差別を受けた者でもない。
だからこそ、慎重にならなければいけない。
生まれた場所や、親から継いだ血や、ましてや肌の色で区別するなんてことは、
最低の人間がすることだ。
人を測る「ものさし」はどこにも存在しない。
足が遅くてもいいじゃないか。
勉強が出来なくてもいいじゃないか。
特技がなくてもいいじゃないか。
「平和な国日本」で、差別が全くないと言えるだろうか?
自分が何かに秀でている、それなら尚更、恵まれたことを感謝すべきだ。
それで、自分だけでなく誰かのためになるなら最高だ。
それが、思いやるってことなんじゃないかな。