「よいお年を」の意味 | 忘れる前に書いておいたほうがいいかもしれぬ

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タイトルが決まらないまま、だらだら書いたり書かなかったり、ほぼ人の期待には応えられないブログ。


これが今年最後のブログ。


見にきてくださった皆さん、ありがとうございました!


来年もどうぞよろしくお願いします!では、よいお年を!



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ってね、よくある年の瀬の挨拶だけど

「よいお年を」って、どうゆう意味か知ってました?




先日、会社の同僚に同じことを聞かれて

「良い新年を迎えてくれってこと?」と言ったら


「違うんですよ、残り少ない今年を精一杯過ごして

 今年を良い年にしてくださいね、ってことなんです」


へー、深く考えたことないから感動。

年末って新年のことばかり考えがちになるけど

そういう意味だと“残りすくない今年”が報われる気がするねぇ。


それで、他の人にも同じ質問をしてみると、知ってる人もいるけど

「えーそうなんだ」と、言葉の意味をなんとなく理解している人がほとんどだった。



「フフーン、実はね…」なんて、得意気になってしまったけど

後でちょっと気になって、ネットで調べてみたのだ。(便利だよなあ)



いくつかの質問掲示板でも「よいお年を」の意味について書かれているんだけど

見てみると、いくつかの回答があり、なかなか本当の意味がわかりにくい。

ここでも「残り少ない今年を~」は少数派で

中にはそれは間違いという回答もあるし、

また別の意味だという回答もあるのだ。


このやりとりは、検索すれば見られるので省略するとして…





その何がなんやら~なやりとりの中に、一つビビっと来た回答があった。


それによると、この「よいお年を」という言葉の意味は

今と昔の違いによって曖昧になっているようなのだ。



昔の一般庶民の生活は、米や家賃、日用品などは

年末払いのツケで購入しているのが常たったそうな。

だからその借金を無事に返済できるかが

何よりも大事だったんだって。


来年はきっと!お正月こないかなー!なんてありえない。

明日の借金返済&大掃除などのお正月の準備は

校了直前の編プロを凌ぐ怒涛の忙しさで

街中の空気がピリピリして、人々の顔は険しく

子供も家のお手伝いしなくちゃならないし

「年末なんて最悪だよ、正月来るな!」

1人寂しいクリスマスを迎える男子のような心境だったのではないだろうか。



そこで使われる「よいお年を」の言葉の重みとは…



「おめぇち、借金の返済どうよ?」

「おらんとこは、あと3軒ってとこだわ」

「そっか、そっちも大変だな…」

「年越しソバの銭すら危ういぜよ」

「それに家の掃除もしないと、神様に顔向けできねーしな」

「あ、カカアが呼んでらあ、もう行かねーと」

「おらもこんなとこでサボってる見つかったら大変だ」

「お互い良い年を迎えられるといいな…」

「んだ…じゃ、よいお年を…」

「おう、よいお年を…」



これよ、これ!これこそが本来の「よいお年を」の重み!

昔の人々の切実な思いが、のしかかってくるねぇ。



「寝てる間に年が明けちゃったよーガハハハ☆」なーんて

現代の大学生とは大違いなわけ。



とりあえず日付が1月1日になった、新年だバンザーイ!って盛り上がっちゃう現代

そんなのん気な暮らしで使われる“よいお年を”のなんと軽いことか…

昔の人がタイムスリップしてきたら「昔ナメんな!」って感じだよ。


そりゃ今と昔は違うからって言われたらそうだけど

大変だったんだよ…うぅ(涙) ということは同じ日本人として知っておきたい。








つまり


「よいお年を」っていうのは


良い新年を迎えてちょーだいってことなんだけど、それだけじゃなく


残り少ない今年を頑張りましょう!ということ。


本当に良い新年を迎えられるかは、今年にかかっている。

そんな生き方が正しいんだろうなと思った。



何もしなくても新年を迎えられるけど…それは違う!

前もって計画的にできる現代、どうしてそれをやらない!って、神様怒ってるよ。


昔の人はエライよ。

あと正月を迎えて歳を1つ取るっていう風習から

正月は誕生日でもあったから、ちゃんとしたかったのかも?

なにはともあれ、一年を迎える覚悟が違うよ。見習わなくては!



とか書いておいて

大掃除めんどくせーとか言ってる自分…


いろいろ書きすぎて、文を見直す気にもなれないよ…。




では皆さん、よいお年を!