踊る女の子が好きだ。


何が好きかと言われると説明に困るのだけれど、私にとってそれは、絶えず変化し、その一瞬が二度とない、「ずっと見ていたい、ずっと見ていられる」存在である。
例えば、そうだなぁ。きれいな六角形をした雪の結晶が、舞い落ちた瞬間にすっと消えるような、なんとなく食入って見てしまうものってあると思うんです。見逃したら二度と見られない、美しくて儚くて尊いものを見るような、いやそこまで言うとちょっと大げさか?でもどこか、そういう気持ちで、見ているところがあります。


そもそも「可愛い女の子」が好きだ。
これは恋愛対象とか性的嗜好とかいうことでは全く無くて、多分そのルーツは、幼少期に誰でも夢見たセーラームーンへの憧れの延長線のようなところにあって、可愛い動物や可愛い洋服が好きなように「可愛い女の子」が好きなんだと思う。

とくに私は女の子への憧れが大きかった。なぜなら自分が女の子っぽくなく、そうなれなかったから。
小学生にあがり、セーラームーンになりたいと伸ばしていた髪を、「あんたは長い髪似合わないよ」と母に言われ、お猿さんのようなベリーショートへバッサリと切ってしまった。この言葉はずっと私に呪いをかけていて、それ以来人生において顎より下に髪を伸ばしたことがない。

短い髪のおかげでスカートやフリルのついた服が似合わず、いつもボーイッシュな格好をしていたのでよく男の子に間違えられた。ひねくれた性格なので、こういう自分が正しいと思い込んでいたし、似合わないものを求めてはいけないと思っていた。
そんな当時の自分に夢を見させてくれたのは「りぼん」に出てきた女の子達だった。そうなれないけど、どこかそうなりたい自分を長い髪とスカートを揺らすヒロインに求めては何度も何度も漫画を読んでいた。
服の嗜好は、中学生になって好きなもの選ぶようになり女の子らしさへの憧れの気持ちは薄れたが、その後もモー娘。とか、美少女アニメとか、女の子がメインのコンテンツにしか興味がなかった。
余談になるけどスフィアの現場は昔に比べたらすごく女の子増えたよね。最近のファンの子たちがいくつだか分からないけど、多くの子が「お姉さん」とスフィアを慕うのに月日の流れを感じます。そういや私がアスレチックにぼっちで初参加したとき隣もぼっちの女の子で、勇気がなくて話かけられなかったけど、あの子もまだスフィアが好きだといいなぁ。


さて。では振りの起源はどこだろうと考えて思い出したのだけど、始めてダンスに感動したのは、ふと見つけた初音ミクの「ストロボナイツ」を踊るダンサーさん(先生?)の動画かもしれない。
ちょうどハルヒのハレ晴レユカイとか、ニコ動での踊ってみたとかが流行っていた。昔はボカロを聴いたりしていたので流れで見つけたのだけど、ミクを連想させるどこか機械的なダンスでありながら動きがしなやかで、指先まで美しくて、魅了された。同時に踊ってみたなんかを見て、なるほど自分自身が踊ってもいいのか、なんて興味を持ち始めた頃だ。
そこまで声優に詳しくない頃は、PerfumeのMVなんかもめちゃくちゃ見ていた。顔も足もきれいな三人組が、高いヒールを履いて複雑な動きをし、そこにしかない世界を作る。なんだかもう、芸術を見ているような気持ちになった。

当然そのへんの振付けは、難解すぎて真似などできないんだけれど、見ていたい気持ちと、やってみたい気持ちの、両方が実現可能だったのが、スフィアである。

ラジオとかトークなどのわちゃわちゃも大好きだけれど、私のスフィアへの最高の憧れとリスペクトは、歌って踊る、パフォーマンスの中にある。

先の大阪の感想の記事のAbsolute prideの感想について、あの空間を透明な箱に閉じ込めて永遠に眺めていたいと書いたけれど、まぁ実際にはそんなことできっこない。ああやって作り込まれた曲の世界観とか、その時のかっこよさ、可愛らしさの一瞬一瞬は、本当にいつまでも見ていたいもので、ただしライブはその時限りでしかなくて。
だからなるべく多くの情報を自分の頭の中に閉じ込めるのだけど、あの美しさを反芻するためには、同じ動きを、自分が覚えるしかないのだ。
動きは静止画より鮮明に、あの輝きを、頭の中でいつでも再生できる。

映像化されたらそれを見れば?というものでもなくて、唐突にスフィアを欲するときが、みんなあるじゃろ。わしゃあるんじゃよ。(誰や)
思い出したいときに、思い出したいから、いっぱい覚えているんです。


正直スフィアの振りはあまり難しくないと思う。これはスフィアへの侮蔑ではないので勘違いしないでいただきたい。
そもそもファンと一緒にやれるように作られていてほとんど片手でできるし、踊ってる人の数がその具現化というか、ライブ中に覚えてしまえたり、映像さえあれば誰でも真似できるものがほとんどだ。
もちろんそういうスフィアとの一体感も楽しんでいるし、日常生活で踊るなんてこと無いから、ある種なにか解き放たれた自己表現に非日常の解放感を感じることもあるし、それもまた楽しい。
多くの振りは歌詞とリンクしていて、動きがあるとより歌詞の意味が分かる。拳を突き上げたり天を指差したりすると力が湧くし、より言葉が胸にささる。しかし「消えぬ愛となれ」の言いながら湯を切るような、どうしてそうなったんだか全く分からないような動きがちょいちょいあるのもまた面白かったりする。この動きは何を言わんとしてるのだろうって。

ライブ中に振りをするとコールを忘れたりするし、そもそも振りコピキモいみたいな人もいるのでごめんなさいとは思うのだけど、動きがピタッとハマったときはめちゃくちゃ爽快感を感じる。スフィアが伝えようとしてくれたことを受け取れた気がするし、スフィアが作ってくれた世界に心も体も入り込める。
年齢的に、スフィアと違って美しくない、いい歳のババァが周りの目障りかもしれないし振りコピやめようかと思ったりしたが、なんやかんやその高揚感が麻薬のように中毒的で、辞められないし、辞めたくない。

今回のFuture is Now!で、間奏に歴代の振りをたくさん入れてくれたのは本当に嬉しかった。
振りにリンクしてる感動とか思い出がたくさんあって、そこに見出してきたスフィアの輝きがたくさんあって、それを全て肯定してもらえたように思えた。振りコピだらけと言われるスフィア現場だけど、スフィアが私達と一緒にやってきたことを大切にしてくれていると思えた。
ちなみに私と旦那はダンスフィアにエントリーしていてAdditional ver.におさまっているのだが、当時投稿した動画で同じように歴代の振りを取り入れたオリジナルダンスを考えて取り入れたので、やはりスフィアを語るに振りは大切な要素であると思わせてくれた。
正直かの投稿動画は芋臭くて見ていられないので、まぁ振り返って見たりはしないのだが。


多分私の周りは特殊で、そもそも私がスフィアを好きになったとき周りにいたスフィアファンは踊る人ばかりだったのだ。(旦那や今も連番してる友人がそう)
最近は仲間が減ってしまいやらなくなったけど、新しいライブ映像が出るたびに全面鏡張りのダンススタジオを10人ほどでレンタルして、映像を見ながら練習してはライブに臨んでいた。そういうことしてる人、ほかにいるのかな。一緒にやってくれる人がいたらぜひまたやりたいものです。あ、でももう、4〜5時間スタジオで踊る体力ねぇや……。
 


長くなったが、ようは見るのもやるのも好きなのだ。
私はその日見た光景をより確かな思い出にして自分の宝物にするために、また週末踊るだろう。



振りコピしてる皆さん、あなたが踊る理由は、なんですか?