Miura′s blog オケ専でした。 -13ページ目

Miura′s blog オケ専でした。

よろしくお願いします^^

こんばんは。
今夜は音楽ではなく、久しぶりに私の過去とその後について書こうと思います。

以前書いたブログは消しましたので、改めて書きます。


あまりたのしいお話ではないので、
読みたくない方は読まないでください。



私は、バツイチです。
子供はいません。


いろいろあって、
私から元だんなさまに離婚をお願いしました。


私なんかと生きてくれると言うひとがいる。
そう思って、
結婚した時はとてもしあわせでした。


もう、だいぶ前のお話ですけどね 笑
そして、最近なにか解けてきた気がするので、
それを書いておきたいと思っています^^


離婚するには離婚届が必要で、
離婚届には証人が必要です。
両親が書いてくれるだろうか、と考えました。
頼みづらい…と言うか、
頼んだところで書いてもらえない予感しかなかったけれど、頼むしかありません。


案の定、「こんなものは書けない」と
手紙だけ送られてきました。
郵送で送った離婚届は返って来ず、
仕方なく、友人に頼んで書いてもらいました。


私の両親は今で言う毒親で、
小さい頃から理不尽な気持ちで過ごしていました。

ピアノをやめたいと言えば母に泣かれ、
父が買ってきた本がおもしろくないと言ったら、3日口を利いてもらえず、
素敵だと思った服を着たい・買ってほしいと頼んでみたら、
父にも母にも つまらない服だと全否定されました。
その服は、結局 買ってもらえませんでした。

せめて、似合わないから とか言われるのなら、
まだ良かったのにと思います。

たぶん 父と母の基準か気分で
基本的にやってはいけないことだらけだったので、私はカゴの中の鳥だなあ と思っていました。
両親といると疲れました。
とりあえず、
よくわからない理由で反対されるのも怒られるのもうんざりなので、両親の顔色ばかりうかがうような子でした。


せめてグレてれば素敵だったのに…と今 心から思いますね。


グレることも出来ず、就職を機に家を出ました。
両親には反対されましたけれども。
反対されるのもわかっていましたけど、
家にいたらおかしくなりそうでした。


その時 私が家を出るのが父親と母親にとって
「想定外」だったと言うだけで、
なんとなく反対したかったと言うだけで、
両親は私にほとんど関心がないと思います。
最後に会ったの 3年前ですし。


会わなければ 気にならない…と言えば、
ウソになりますけれど。
だからと言って
実家に帰れば疲れるので、
帰省の時期はお仕事入れますね。








* 本日もお読みいただき、ありがとうございました *