Miura′s blog オケ専でした。 -10ページ目

Miura′s blog オケ専でした。

よろしくお願いします^^

こんばんは。


友だちは将来の夢ややりたいことを
いっぱい話してくれました。
お話始まったら、何時間も止まらなくて。
でもお話は興味深かったし、
夢があってキラキラしてるその友だちにも、
期待も不安もたくさんあることがわかりました。


ステキだなあ^^思いながら、
あいづちを打って聞いていましたが、そう言うお話に限らず
お仕事、勉強、すべてにおいて
私がこうしたい。こうなりたい
って言うポリシー?的な何かは
私は何も持ってないなあ と考えていました。



強いて言えば、
両親が私の近くにいない生活に常にあこがれは持っていましたが  笑



でも、さらに具体的に
例えば、
年頃の女の子らしく ← 当時は 笑  
部屋をすきな色で統一するとか。
大きなぬいぐるみを置くとか。
ロフトがあるお部屋がいいとか。


こう言う風に生活してみたい
とか、
こんな感じに生きてみたい
とか。
そう言う具体的なことになると自分の考えが分かりませんでした。


でも、
両親の反応ばかり気にして特に幼少期を過ごしていた訳ですから、自分がすきなものがわからないとしても、それは当然だと今は思います。


ともあれ、
新しい生活は本当につかの間でしたが、
私に平安をもたらしてくれました。



しかし、
私が両親から数100㌔離れた関東で暮らすようになるその少し前から、
両親が離婚するかも知れない
と言う事態になりました。


小さい頃からケンカが絶えない両親でしたので、
お恥ずかしい限りです^^ 笑

弟が七夕の短冊に
「お父さんとお母さんがケンカしませんように」
って書いてたことを後に知り、
その願い、私も絵馬にでも書いてれば良かった 
と心底思いました^^ 笑


なぜかと言うか、もちろんと言うか、
案の定、その件に完全に巻き込まれ、
ほとんど毎日
父親・母親から電話があり、
それぞれの言い分ばかり聞かされ、
私がお仕事休みの日はその件で家族会議をしたいから、実家に帰ってくるように言われました。
帰るなり、
対面でそれぞれの言い分を聞かされる訳です。


父親も母親も、
私の関東での生活・仕事のことは眼中にないようでした。


両親と離れた甲斐もなく、
実家にいようが いまいが、
私は親から距離を置くことも許されないようで、
ほとほと 疲れました。


そう言う問題、
どこのご家庭でも少なからずあることだとは思います。
それは理解できます。
でも、
父親と母親の、
夫婦間の問題に、
私が出る幕 あるのだろうかと思って 
余計 何も言えませんでしたし。
もしあるとしたら、
私は何を言えばよかったのでしょうか。



そんな生活をしている内にさすがに元気になれなくなってきて、
その時、
本当にギリギリで私をいちばん救ってくれていたのは、上京してから聴き始めたクラシックだったと思います。


ピアノで弾いてた作者の別の作品をオーケストラで聴き始めました。



綺麗な音に浸る時間だけは、
雑念から解放されて、癒されることができました。
綺麗な音を聴いたあとは、元気を取り戻せました。

私のピアノは聴いてもらえなかったけれど、
オーケストラは美しい と思ったので、いろんな曲を聴きました。








* 本日も長文をお読みいただき、ありがとうございました *