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ひより plus

パピヨン三姉妹との日常。

続く痛みに、何とも嫌な感覚の不随意運動、そして左腕から冷えて行く感覚。
入浴と散歩だけが気分転換になり、相変わらず食欲も無く。
入院時から8kg程痩せました。
パジャマがなんだか少し大きい感じ。
ちょうどのサイズを購入し準備していたのですが。

食べられたらもう少し体力もついて、リハビリも効果的になるかもしれないと、スポーツドリンク片手に黙々と散歩し、病室では好きな紅茶を飲み。
入院仲間ときゃぁきゃぁ時に騒ぎながら、でも淋しくて不思議な孤独感に襲われて。
皆苦労はするものの良くなっていっているのに、私は良くなっている実感が持てなくて。

G先生にも鎮痛剤の増量をお願いする時に、何だか変なんですと再度訴え、退院後の検査項目が増えることになりました。
神経伝達系の異常があるか、それとも問題にしてこなかった、何一つ治療を受けていない鞭打ちからの首由来の痛みかもとか。

K先生のリハビリも表情がどうしても歪んでいたようで、「痛いですか?」と聞かれながらすることが多くなり、自主練も不随意運動からくる硬直で何度か他の理学療法士の先生方にも助けていただくことが増えました。

本当に良くなっているのか、退院が近づくことに喜びと、大きな不安を重ね複雑な気持ちでした。

更新あいてしまいました。

今ブログに綴っている内容は、実は4年も前の事。
自分の中ではもう充分に消化出来ていて、どうしようもない障害も含めて納得の上で吐き出していました。
自分ではもう過去の、過ぎた事だと。

でも、記憶は自分が思っていたよりも多くのものと繋がっていました。
入院していた季節と実際の季節がシンクロし、淋しかった一人での病院敷地内の散歩で嗅いでいた金木犀の香りに心が乱れました。
今通院している病院の近くにも、マンション敷地内にも金木犀があり、漂う香りが辛かった時に戻そうとしているようで。
ついでに体調まで崩してしまい。

寒波はきていますが、もう香らないしずいぶん楽になりました。

またぽつぽつと綴っていければと思います。
リハビリ時の左腕を支えてもらう時触れるK先生の手が、肩口に当たると電気が走るような痛みを感じる事がある様になってきました。
必ず毎回ではないのですが。
湿布を貼ってくれる看護師さんの手に、何とも言えない嫌な感覚を覚えることがありました。
ブラキャミの肩紐がキリキリと痛む事もありました。

G先生との話し合いで、手の障害が治まらないのも、浮腫みがひかないのもおかしい。
神経系の検査と再度MRIも撮る必要もあるし、退院後にいろいろ検査をしようとなりました。
ちょっとした理由があり、入院費用の健康保険組合への請求について若干普通の方よりも詳しいもので、その病院側のG先生の提案はもっともだと同意しました。
退院予定は立たないものの、年齢と手術内容を考えると後10 日程で枕は完全に外せるかなと言われて、回復はしているんだと自分を納得させようとしました。

納得させながらも、効いているのかいないのかわからない鎮痛剤を飲み、K先生の手が痛いとも言えず、看護師さんにそれ以上優しく湿布を貼ってくださいとも言えず…
入院期間に比例して増えて行く一方の顔見知りと一緒にお茶を飲みながら、他愛のない馬鹿話をして時間を過ごしました。
毎食あまり食べずに薬ばかりを飲んでいる事を親切心から注意もされましたが、痛くて食べられないと答えると、お菓子ならとお菓子を勧められ、口にするふりをしながら、紅茶を飲んでいました。
痛いという言葉を発してはいけないような雰囲気に飲み込まれていました。
旦那さんにだけ、泣きそうになりながら携帯で辛いと訴える事で精神の均衡を保っていました。
入院期間が短くはなかったため、いつまでも最大限配慮していただくわけにもいかず、旦那さんは休日は何を置いても見舞ってくれますが、平日は3日空いてしまうこともありました。
義母が私の世話のためにわざわざ足を運んでくれましたが、義母に心配させるだけとわかっている痛いと泣き言を言う事はできません。
声にできない、訴えられない痛いが積もっていきました。
リハビリを頑張ることにも疲れと限界が見え始め、自分が他の患者さんと比べておかしなところを探すように、後ろ向きになってきていました。

なぜいつまでも痛いのか。
なぜ指の動きが戻らないのか。
なぜ食欲が戻らないのか。
なぜ夜間痛が酷いのか。
なぜ私にだけ不随意運動が出ているのか。

他にも小さななぜが私を苦しめます。
唯一の自由時間というか、ホッとできるのは自立入浴がボディブラシの差し入れで認められた入浴時間位。
但しバタバタと短い時間ですが、湯船に体を沈めて温まっている時、何だか包まれているような不思議な安心感がありました。
自覚はなかったのですが、一人になりたかったのかも。

入浴後、仲良くなった同室の半月板損傷の患者さんに髪を乾かして貰うと、現実と向き合うリハビリが待っているのですが。
入浴後の方がリハビリのスタートが何となく良い手応えを感じ、不随意運動も出にくかった様に振り返ってみると思います。
入浴後に汗をかくほど辛くきついリハビリをするのはなんだかと思わないこともなかったのですが、シャワールームはほぼ空室でいつでも使えたので、発汗が激しい時に数度利用しました。

K先生との会話もこの頃になると軽口も出始め、どうして不随意運動が出るかなども症例を色々調べて下さっているということでしたが、中々私に合致するものは見つからないそうでした。
見つからないという事は、やっぱりおかしいのかなと、不安も積もって行きました。
湿布を貼っても一時的に気は紛れるものの、痛みが全面的に治まるわけではなくて。
結局痛み止めと言えば、整形外科ではお決まりのロキソニンと胃薬セットがいつまで経ってもやめられません。
でも、きちんと効いているのかどうかは、痛みが軽減されないので実感としては捉えにくくなっていました。
K先生ともリハビリしながら、いつまでも痛いんだけどと話をして、多くの人は外転まくらを一つ外す頃には鎮痛剤をやめるみたいですけどねなどと言われ、自分は甘ったれているのかと少し落ち込み。
不随意運動が出る人はあまりいないと言われて、だから痛み止めがいるんだと自分を正当化してみたり。
なかなか思うようにはいかない日々が過ぎて行きました。
不随意運動が出ないといいなと思いながら自主練をする。
何だか守りに入っているというか、思い切って大きく動かす事が怖くなっていました。
可動域拡大がリハビリの目的で、目標を達成するには思い切って動かすことが大事なのに。

リハビリが休みの土日、一時帰宅の許可が出て帰るかどうか聞かれました。
私は一度帰ってしまうともう病院へ戻るのが嫌になりそうで、自宅でも装具で固定ではうんざりしそうで、旦那さんにも相談の上病院にいることにしました。
気分転換にもなるからと、許可が出ると帰る人が多かったので珍しがられました。
鎮痛剤が手放せたら、気分転換もありでしょうが、薬装具付きでは帰ったところで寛げないし、お嬢さんたちと遊ぶのは禁止と言われていたので、そんなんじゃ帰っても…不完全燃焼です。