米国で最近、”Political Correctness”に関連付けて語られる現象に「被害者文化」 (“Victimood Culture”) というものがある。日本で言うところの「被害者ビジネス」のようなものだ。
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被害者文化の誘発因子はいくつか考えられるが、その中の一つが「無意識的侮蔑 (“microaggression”) に対する過剰反応」である。
「無意識的侮蔑」というのは、「決して意図的ではないが、相手に不快感を与えてしまう些細な言動、あるいは、相手を怒らせてしまう些細な言動」のことらしい。
では「無意識的侮蔑」とは、具体的にはどのようなものなのか。米国の大学生が「無意識的侮蔑」を受けたとして、次のような事例をネット上の掲示板に書き込んでいる。
(1) 大学生の息子が母親から「小さな女の子みたいにメソメソするのは止めなさい」と言われた。
(2) 白人学生がラテン系学生とのメールのやり取りの中で、「サッカー」のことをスペイン語で”futbol”と書いた。このことがラテン系学生の癇に障った。
(3) レズビアンの学生がバイセクシャルの学生に、「私、バイセクシャルとは付き合わないことにしてるの。だって、あの人たち信用できないんですもの」と言った。
これらのようなことが掲示板で大問題になり、酷い場合には加害者に仕立て上げられてしまった人物が警察のお世話になることもあるらしい。
でも、これって大袈裟に騒ぎ立てるようなことか? 百歩譲って、「侮辱だぁぁぁ」と他人を非難することが正当化されるのは、(3) だけだろ。細かい経緯が紹介されていないから、あまり決めつけるようなことは言えないが、掲示板を炎上させるような大事ではないような気がする。
(1) は、おそらく「小さな女の子みたいに」という部分が気に障ったということだろう。日本でもよくある母親の決まり文句に過ぎない。こんなもんをネット上で共有して恥ずかしくないんか?
(2) だって、よくあることだろ。ちょっとイラッとするかもしれないが、冗談ってことで許してやってくれっていうレベルだ。
上記のような事例が「無意識的侮蔑」に当たるのだとしたら、俺にも経験がある。
米国人の同級生が侍の物真似を俺の前で披露した。「被害者文化」的価値観に照らせば、おそらくこれは「無意識的侮蔑」ってことになるのだろう。
また、別の同級生は、「俺、日本語で数を数えられるよ」と言って、10まで数えたことがある。(2)の事例に鑑みて、もしかしたら、これも「無意識的侮蔑」を構成するかもしれない。
相手が冗談のつもりでも、本人にとってはただの嫌がらせでしかなく、イラッとしてしまうことはある。この点については理解できる。
ただし、もし嫌だったら、その場でひとこと言えば解決する。
当事者間で話せば済むことだ。
どう考えても、個人的に解決できる問題をネット上に晒すことで話を大きくして、相手を貶めているとしか思えない。