3、4年前に初めて”sexting” (セクスティング) という言葉を聞いた時から、いつかはカタカナ言葉として定着するんだろうなとは思っていた。
古代は支那大陸から、現代は欧米から腐るほど外来語が入ってきている。もしかしたら日本語は、外来語無しでは成立しないかもしれない。
しかし、古代人と現代人では、外来語を受け入れる姿勢がまったく異なっているのではないだろうか。かつては、輸入された外来語を日本文化の中に取り込んで、日本化していた。現代は、外来語が押し寄せて日本文化を飲み込んでいる、という印象だ。
「そんなものは、ペリーが浦賀に来航して砲艦外交をしていた頃から始まっているだろ」という声が聞こえてきそうだが、幕末から明治にかけての近代化の時代は、輸入した外来語を日本語に翻訳したり、それらに対応する新語を造ったりする時間的余裕があった。現代は情報量が多過ぎて、入ってきた外来語をカタカナ化して、そのまま世に送り出すことしかできないため、情報処理すら満足にできないような状況だ。
時間的隔たりが無い昭和と平成を比較しても、インターネットの普及により情報伝達の速度と情報量に雲泥の差があるため、外来語の受け入れ方に違いが見られる。
「新しい波には勝てない」、「抵抗するのは無駄」なんてことは、今までの経験や現在の風潮を考慮すれば一目瞭然である。
しかし
「外来語に対する抵抗感」
そして
「外来語を有難がって多用する馬鹿どもへの嫌悪感」から
無駄な抵抗とは分かっていても、どうしても抵抗せずにはいられない。
だから、定着して欲しくない言葉の筆頭だった「セクスティング」を口にすることは避けてきた。俺一人が頑張ったところで、なんの意味も無いのだが、質問されても一切言及しなかった。
この言葉を新聞記事などでチラホラと見かけるようになるまでに、3年ほどかかった。この情報が氾濫しているネット社会の現状を考えれば、3年というのは結構長くかかった方ではないだろうか。
しかも、この言葉は、多くの人がこぞって使いたがる類のものである。所謂、「下ネタ」だ。もっと早く人口に膾炙していても、なんの不思議もない。
今後は、地上波のテレビ番組を作っているカスどもが使い始めて、一気に普及するのだろう。
俺の予想だが、定着の初期段階では、おそらく、ワイドショーと区別のつかない低俗なニュース番組で「セクスティング」キャンペーンが張られることになると思う。
また、憂鬱の種が一つ増えた。
カタカナ言葉を避ける理由
やかん
ちょっとイラッとすること
古代は支那大陸から、現代は欧米から腐るほど外来語が入ってきている。もしかしたら日本語は、外来語無しでは成立しないかもしれない。
しかし、古代人と現代人では、外来語を受け入れる姿勢がまったく異なっているのではないだろうか。かつては、輸入された外来語を日本文化の中に取り込んで、日本化していた。現代は、外来語が押し寄せて日本文化を飲み込んでいる、という印象だ。
「そんなものは、ペリーが浦賀に来航して砲艦外交をしていた頃から始まっているだろ」という声が聞こえてきそうだが、幕末から明治にかけての近代化の時代は、輸入した外来語を日本語に翻訳したり、それらに対応する新語を造ったりする時間的余裕があった。現代は情報量が多過ぎて、入ってきた外来語をカタカナ化して、そのまま世に送り出すことしかできないため、情報処理すら満足にできないような状況だ。
時間的隔たりが無い昭和と平成を比較しても、インターネットの普及により情報伝達の速度と情報量に雲泥の差があるため、外来語の受け入れ方に違いが見られる。
「新しい波には勝てない」、「抵抗するのは無駄」なんてことは、今までの経験や現在の風潮を考慮すれば一目瞭然である。
しかし
「外来語に対する抵抗感」
そして
「外来語を有難がって多用する馬鹿どもへの嫌悪感」から
無駄な抵抗とは分かっていても、どうしても抵抗せずにはいられない。
だから、定着して欲しくない言葉の筆頭だった「セクスティング」を口にすることは避けてきた。俺一人が頑張ったところで、なんの意味も無いのだが、質問されても一切言及しなかった。
この言葉を新聞記事などでチラホラと見かけるようになるまでに、3年ほどかかった。この情報が氾濫しているネット社会の現状を考えれば、3年というのは結構長くかかった方ではないだろうか。
しかも、この言葉は、多くの人がこぞって使いたがる類のものである。所謂、「下ネタ」だ。もっと早く人口に膾炙していても、なんの不思議もない。
今後は、地上波のテレビ番組を作っているカスどもが使い始めて、一気に普及するのだろう。
俺の予想だが、定着の初期段階では、おそらく、ワイドショーと区別のつかない低俗なニュース番組で「セクスティング」キャンペーンが張られることになると思う。
また、憂鬱の種が一つ増えた。
カタカナ言葉を避ける理由
やかん
ちょっとイラッとすること