ダイバーシティが・・・」と話している奴がいたので、「多様性でいいじゃん」と言ってやった。そしたら、「ダイバーシティの方が分かりやすいんで」と抜かしやがった。

いや、ちょっと待ってくれ。「多様性」程度の日本語が分かりにくいって、どんだけ日本語が不自由なんだよ。そもそも、お前、英語喋れないだろ。

こいつのおかげで非常に嫌なことを思い出した。

「ダイバーシティ」とほざいている奴らが「多文化共生」の美名の下に目指しているのは、結局、「外国人と外国文化の優遇、日本文化劣位説の拡散」でしかない。

以下引用

「日本社会で働く米国人は、日本語の「違う」という言葉は、different(異なる)の意味とwrong(正しくない)の両方の意味があり、すなわち「異なるのは悪いことだ」という価値観が根底にあると主張する。とすれば、種々雑多なものを受け入れるというダイバーシティを、日本人が真に理解、賛同し、推進するのは簡単ではないといえよう」
引用元: http://www.peoplefocus.co.jp/OD/divercity2.html

引用終了

逆である。この執筆者は、「日本人は「異なるのは悪いことだ」と考える」という無知な米国人の意見を鵜呑みにしているが、これまで日本がどれだけ多様な文化を受け入れて、それを日本化してきたかをまったく無視している。少しは自分の頭で考えて、気付けよ、カス (#`ε´#)。

翻って、欧米ではどうだろうか。最近でこそ、訳の分からない日本ブームとやらで日本文化が受け入れられているような錯覚に陥らされるが、欧米人の根底にあるのは、「日本文化 = 変」という価値観である。

上記記事に引用されている米国人の主張は、要するに「日本人とは価値観が違う。今のままでは生活も仕事もしづらい。だから、俺らが生活しやすいように、お前らが変われ」、ということである。「文化の違いはあって当然。それを互いに理解し、受け入れる必要がある」と本当に奴らが考えているとは到底思えない。

さらに、執筆者は、「多民族国家である米国」という視点でものを考えているようだが、ここは日本ですよ(@ ̄Д ̄@;)。米国の価値観をそのまま適用できるわけないだろうが。

まさに、「外国人と外国文化の優遇、日本文化劣位説の拡散」の実例だ。

「日本は多様な文化を受け入れてきた」と書いたが、海外を礼賛して、外国の文化であればなんでもかんでも無批判に受容してきたわけではない。

『グローバリズム撲滅』を、案外、本気で考えている今日この頃である。