哲学Question1解説
心は私秘的であるか?!
心は私秘的なのだろうか?!「そんな疑問そもそも考えたことない!」「あたりまえにあるんでしょう!」て思う人はけっこう多かったと思います。私自身もあると思います。しかしときどき心ない態度のある人に触れるとこの人にはあるのでは?!と思ったりします笑。
しかし、じつはこの哲学的疑問は、けっこう深いんですねー。なぜなら、心は自分では観察できても、自分ではあると感じられても相手に自分に心があると実証できないし、相手に心があると実証できないからである。要するに、外からの観察からでしか、ありそうだとでしか「ある」いえないからです。科学的方法「MRI」などでいくら脳にでる、神経伝達物質が活性化されてる部位があるからといって、それが自分自身とはいえないからです。また、その働きがそうだといって、その外的入力と出力によって、いま現にあると認識する世界が完全に答えられないからである。
しかし、心があると確実に思えるのはなんでなのだろうか、?たとえ説明がつかないからといって、ないというわけにはいかにでしょ!て思う人がいるかもしれません。
哲学者のデカルトは、有名な言葉「我思うゆえに我あり」といって、この私が存在するのは、それを、見ている私があるから、私が実態であるか、あるいはそうでないかとは関係なく、それを見させる何かがある以上、それを見る私はがある時点で私はがあるというのだ。
これが、
「心」=「魂」なのである。
しかし、私はそこまで拡張はしませんが、生きている間は心はあると思っています。そして、それでいいとも思ってます。人間のしてることには限界があると思ってるからです。
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