前回の続きです。


別の見方をするなら、
今、目の前にいる人、
目の前で起きている事は全て


過程


である。


発展途上であり、過程でしかないものを、
私達は日々完璧さと完結したストーリーとして
求めている。


実際には全然完璧でも
完結したストーリーでもないものに対して。


もし誰かに対してディスるなら、
それはその人が描きかけている途中の犬の絵を


『やだ、ウケる~
まだ目を一個しか描けてないでやんの~😂!!』


と嘲笑するのと変わらない。


仕方がないのだ。 


キャンバスの前に腰を落ち着けて、
クロッキーを持った瞬間に絵を完成させる事は
不可能だ。


どうしたって、絵が完成するまでは
全てが途中経過の段階だ。


誰しら、何かしらに対してディスるということは、


その途中経過の状態にある人に、

“あなたの絵は
どうして完成していないんですか?”

とクレームをつけるようなものなのだ。


もしあなたが絵画の先生ならば、
犬の足しか描いていない生徒がいても、

『何故足から描くのか?』とか、
『何故足しか描いていないのか?』

なんて咎めたりはしないはず。


優しく見守って、
時にはヒントを与えたりしながら、
絵の完成を待ってあげられるはずだ。


今この瞬間から、
今後目の前に現れる人が
完璧な応対をしてくれなかったとしても、
可能ならばどうか赦してあげてほしい。
全ての人がこの捉え方を受け入れられたら、
世界は目を見張るほど変わり始める。


但し、この考え方は、対象者によって
受け入れる難易度が変わってくるはず。


その難易度とは······?

(続く)