前回の続きです。
『そもそも君達は“はだかの王様”みたいだ。』
私の守護スピリット、ラフは続けた。
『この場合、はだかの王様は君達。
王様を騙す仕立て屋がエゴだ。
君達は、本当は非二元の世界にいるのに、
自分は物理次元の世界で
生きていると思い込まされている。』
ラフは前にもこの世界をおとぎ話の
“オズのまほう使い”
に例えたことがある。
『因みに、
イソップ童話や日本むかし話はダメだよ。
あれは“勧善懲悪”だから、
まんま“エゴの思考パターン”だからね。
知らず知らずのうちに、幼い頃から
君達は童話を通してエゴの洗礼を受けている。』
我々“親”は、我が子に秩序を伝えていかねばならない。
だからイソップ童話や日本昔話の絵本は
育児と教育を同時にやれる
“なかなか使える教材”だ。
しかし戒めの展開のオンパレードだから、
いかにもエゴの思考パターンだ。
エゴはお互いをジャッジさせ、
“あなたの方が悪いのだ”
と罵り合うよう仕向けたい。
その為の思考パターンを、
童話を通して形成していき、
文字が読めるような年齢になれば、
家庭や学校で様々なジャッジが待っている。
それ事態はやむを得ない。
問題は、目的が
ちゃんと出来なかった者に対して、
ジャッジをして制裁を加えること
でストーリーが完結してしまうことだ。
その後に
ちゃんと出来なかった者を赦す
という流れは作らない。
実際、
“後で必ず赦されるんだから、
何をやってもいいよね?”
ということを、
まだ何の判断も出来ない全ての子ども達が
幼い頃に知ってしまうと、
それはそれで問題だ。
だから“赦す”ということは、
追々伝えていくしかないのだ。
そうこうしていくうちに、
私は奇跡講座(ACIM )のワークブックを
どんどん進めていた。
相変わらず私は
生き甲斐もやりがいも見つけられないまま
毎日を過ごしていて
よくある中高年者の鬱状態が続いていた。
ワークブックは、例えば
“今日は、一時間おきに○○しよう”
というワークの日がある。
そんな時は素直に従い、
アラームをかけてでもこなした。
私のように忠実にワークに従う者は
そうはいないだろう。
勤務中の社会人が、
一時間おきにアラームをかけて
ワークをするのは恐らく不可能だ。
ワークは出来ることを出来る範囲で取り組めばいい。
私はそれがやれたからやったわけだが、
根をつめすぎたからなのだろうか?
更年期障害のせいだろうか?
“この世は幻想で、
君達がやっていることは無意味だ“
を思考に刻み込みすぎたせいだろうか?
そもそも生き甲斐がない自分に
失望し過ぎたせいなのか?
私は過去のどうしようもない自分を責め始め、
怒りと悲しみが
怒濤のように溢れ出てきてしまった。
(続く)