妊娠してから、ほんのわずかな期間は
とてもhappyだった。
しかし、すぐにブルーになり始めた。
私達夫婦は、結婚した最初の一年間を
ワーキングホリデーVISA を使って
オーストラリアで過ごした。
そもそも私は何かに秀でる事なく
冴えない人生を送ってきた。
親からも
"出来損ない"
のレッテルを貼られて、
自分でもそう感じていた。
そこへオーストラリアでまたまた
バイトを首になる事件が起きた。
とにかく仕事が遅い。
それが解雇理由だった。
私は臨機応変に物事を進めていく作業が
非常に苦手だった。
勉強が得意なら研究職など
何らかのエキスパートの仕事に
就けたかもしれないが、
それも無理だった。
オーストラリアで散々な生活をしたり、
帰国後に就いた仕事場がストレスフルで
慢性膵炎になって退職したりした。
その後にやってきた妊婦生活だった。
私は何故か母との事を思い出し始めた。
母が私に辛く当たったこと。
いつも母に優遇されるのは弟だったこと。
私が何を言っても
"ダメ。いけません"
としか返ってこなかった事。
『憎ったらしいねぇ』
と言われたこと。
目の前にその光景がフラッシュバックして
毎日毎日苦しんだ。
日本で初めて構えた新居は、
立地が交通量の多い交差点に近いところだったので、
ブルーな気分はそのせいもあった。
交差点の手前に位置したから、
絶えず車のアイドリングの音がしていた。
土曜日の夜中には暴走族が通過して
だいたいいつも安眠妨害されていた。
母が私を妊娠していた時と似たような環境だ。
電車のブレーキ音よりはまだマシかもしれない。
それでもいつも疲れきっていた。
疲れていたのは騒音のせいだけじゃなかった。
私が社会人になってから、
母は毎日会社に電話をかけてきた。
結婚してからも、
オーストラリアに住んでいたときはほぼ毎日、
ひどい時は1時間おきに
母から電話がかかってきた。
帰国後は、やっぱり毎日5回くらい
母は電話をかけてきた。
初めはその都度、夫が尋ねてきた。
『用件は何だったの?』
母は、大したことないことで
いちいち電話をかけてくる。
例えば、
『この間くれた漬物、
すごくしょっぱかったから、
もう持ってこないでね。
お母さん、塩分過多で高血圧で死にたくないから。』
とか、
『この間、高いヒールの靴を履いていたけど、
外反母趾になるからやめた方がいいわよ。』
など、何かの時についでに言えばいい内容の話を、
思い付く度にいちいちLINEのように電話で伝えてきた。
携帯も世の中に存在してない、25年近く前の話だ。
夫には、母からの電話の内容を
いちいち報告する事自体が恥ずかしい。
しかも私には内緒で、母は
夫の母にもしょっちゅう電話をかけていた。
ある日、義母が笑いながら電話をしてきた。
『りおんさんのお母さんから電話があってね。
"うちの辺りは富士山の見晴らしがとてもいいから、
この辺に越してきませんか(*^^*)" って。』
こんな意味不明の電話を突然かけてしまう。
穴があったら入りたいくらいだった。
後から分かったが、結婚式の時期にも、
夫の親戚中に電話をしまくっていた。
思い付いたら電話をしなきゃ気がすまないのが
母の性格だった。
学生時代と、社会人時代と、
母の過干渉は何一つ変わっていなかった。
母が電話をかけてきても、
段々夫は反応しなくなっていった。
私が内容を明かさないので諦めたのだ。
夫は私の両親と親しく付き合いたがったが、
私の母を連れてきたら、
何を言い出すか分からない。
夫との信頼関係が少し薄れてしまった。
電話をかけまくる母をどうにかやり過ごしながら
結婚生活を穏便に済ませるのが
私には精一杯だった。