オーストラリアから帰国した私達、
特に夫を待ち構えていた試練が来た。


バブル崩壊後に仕事を辞めてオーストラリアに旅立ち、
帰国したときは無職だった私達。

私は派遣ですぐに仕事が見つかったが、
夫はなかなか就職先が決まらなかった。

どうにか決まって就職祝いをしたのが
帰国後半年近く経ってからだった。


夫が無事に再就職して、
その半年後に私は妊娠した。


私の両親はずっと離婚話を繰り返してきた。


私は幼い頃からすぐに泣き出してしまう弱虫で、
いつもびくびくしながら生きてきた。

私は小さな頃から虐待され、
成長してからも母には散々な目に遭わされた。

でもその反面、母は
毎日ちゃんとご飯を用意してくれて
私の着るものも洗濯してくれていた。

私には母が必要だった。


母が家を出ていったらどうしよう。

いつも怯えながら生きてきた。


一番最悪だったのは、離婚話のピークが
高校受験の頃に来た事だった。

とても受験勉強どころではなくて
いつも情緒不安定だった。


だから子どもの頃からずっと
明るく楽しい家庭を築くことを夢見てきた。

早く家を出て結婚して
次こそ自分の理想通りの幸せな人生を送ろう。


そう固く誓った。


私は苦痛だった仕事をとうとう辞めることが出来て、
穏やかな妊娠期間中を過ごすはずだった。

しかしそうは問屋が卸さないのが
私の人生だった。


私の人生は試練の連続だった。

そしてその試練は、ここからが本番だったのだ。


なんとなんと❗❗

妊娠してから何故か、
私が長年受け続けてきた母からの虐待のシーンが
少しずつ蘇ってきてしまったのだ。