前回の続きです。


私の母は、
自分が気の毒な境遇に育ったような事を言っていた。

例えば、すぐ下の妹と喧嘩すると
決まって母が叱られた。

その妹には子ども達の中で一番良い名前をつけたと
祖父が言ったらしかった。

祖父母の手伝いを誰よりもやっていたのに
誰よりも両親を気にかけているのに
一番疎外感を味わっているようだった。

多分母は常に妬みの感情が潜んでいて、
その恨みを晴らすように
私に辛く当たっているように見えた。


その後騒音と日当たりの悪かったビルから
引っ越したが、母は、

"あの電車の騒音がひどいビルでの生活で
ノイローゼになりそうだった。
あなたが私に殺されなかったのは
ラッキーだったと思いなさい"

と言った。

"良かった"と思うべきか、

"いや、こちらは日々虐待されたんだから、
ちっともラッキーじゃなかったでしょう"

と思うべきか、よく分からなかった。

でもその後、それで本当に良かった
と思える出来事に遭遇した。
私の場合は、だけど。

それはとても悲しい事件だった。
(次回に続く)