10月に宅配便が届いた後、私はやはり連絡はしませんでした。
今までの恋愛傾向だと連絡してしまいそう私は
なぜか連絡しないことを選択しました。

そして、友人に失恋の傷を癒してもらいながら12月を迎えました。
クリスマスをイベントとして重視するほどの若さは持ち合わせていませんでしたが、
親友夫妻が招いてくれたお台場からの屋形船からの花火鑑賞にクリスマスイブ予定を立てました。

気持ちはだいぶ落ち着き始めていたそんな頃である
クリスマスイブの朝、宅配便が届きました。

Amazonの宅配便で送り主は彼でした。
私の好きな飛行機のDVDが入っていました。
コックピットからの映像収録DVD、、なんてニッチな!

そういうチョイスをするところが彼らしくて
笑ってしまう反面、クリスマスイブに!という複雑な気持ちになりました。

ただ、恐らく彼はクリスマスイブなんて気にもせず送ったんだろうな…
そういう人なんです。

 

冬の花火鑑賞は空気が澄んでいるため本当にきれいでしたが

心はザワザワでした。。。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください

別れた翌月の9月は私も彼も誕生月でした。
だからといってどうすることもできないのでグッとこらえて日々を過ごしました。

10月に入り、すっかり秋めいて涼しくなり心にも隙間風がまだまだ吹いている頃、
突然、宅配便が届きました。

彼からです。

大きな箱でした。
ドキドキしながら開封すると、私が彼の家に残してしまっていた衣類とともに
大きな新品のバッグが入っていました。
どうやらアメリカに出張に行っていたようで、お土産で買ってくれたみたいです。

 

キャンパス生地の大きなバッグは温泉旅行などに行くのにちょうどよさそうなサイズで

デザインもとてもかわいくて、彼のセンスを感じました。

さらに茶封筒が1つ入っていて、中を見ると当時集めていた加熱式タバコのパックコードが
ごっそり入っていました。

泣きながら枚数を数えてしまいました。
おそらくお別れしてからずっと捨てることができずに貯めてしまったようでした。

嫌いでお別れしたんではないんじゃないか、と思うきっかけはこの出来事でした。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください

順調にお付き合いを重ね、当時30代後半だった私は当然ながら結婚を意識しました。

その当時彼は40代前半。

仕事も遊びも全力で、穏やかな性格で。

 

別れは突然やってきました。予期もせず。

出会って1年後の夏、2016年8月末だったと思います。

直前まで普段通りだったのに突然LINEの連絡一つで振られました。

 

何がなんだかわからなかったけど、

彼の性格は去るもの追わず。

 

しがみついて、なんでなんで!泣いてわめいて、みたいなことをするのは嫌でした。

だからすんなり別れを受入れました。

 

ただ、そこからは本当に辛かった。。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください

彼と出会ったのは2015年5月のゴールデンウイーク中でした。

 

紳士的で翌日もデートに誘ってくれて有頂天になったのを記憶しています。

 

初のデートは広尾のオシャレな和食のお店。

 

知る人ぞ、知るようなお店で正直テンションがあがりました。

 

センスがいい人なんだな、お酒は飲まず車が大好きで運転大好きで。

 

こんな理想的な人がいるんだ、とツチノコにでも出会ったような気分でした。

 

あっという間に距離は縮まりお互いに飛行機が好きで見に行って写真撮って…

 

あの時の気持ちが蘇り、それだけで胸が熱くなります。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください

2020年2月9日14時40分、大切な人を見送りました。

 

これまで闘病している方、闘病を支えている方のブログを読み、

参考にさせていただきながら闘病を支えてまいりました。

 

今回は気持ちの整理のために書き始めようと思います。

悲しいのか、寂しいのか、何が辛いのか。

自分の気持ちに向き合って前をむけるよう、自分なりの咀嚼がしたいんだと思います。

 

闘病を支えている間は欲しかった情報が見つからないこともあったので、

できるだけ具体的な治療内容や手続き方法にも触れ、

多くの方の参考にしていただければと考えました。

 

今は寂しくて友達に連絡しまくったと思えば、悲しさ辛さと急激に向き合ってみたり

自分の気持ちの置きどころを探しています。

 

よろしくお願いいたします。

 

※悪性黒色腫の闘病内容が全ての方に当てはまる訳ではございませんのでご了承ください